読書備忘録 “いつも傍に本があった。”

佐藤正午『5』感想(本)


「最近、くだらない恋愛小説が流行っているなぁ。ちっ、読者も作家もバカばっかり」
世相を眺め苛々したベテラン作家が、露骨な皮肉をもって「大人の恋愛小説とはこう書くんだよ」と提示した作品。
恋愛小説と言いながら、愛はないのでご注意を。何故かSF小説になっている。(そのことでSFも皮肉っている)
良い意味でも悪い意味でもアイロニーに溢れている。
【内容情報】(「BOOK」データベースより)
「憶えてるよ」僕は正気を取り戻した。「スープも人の感情もいずれ冷めてしまうという一行だね」「本気で書いたんでしょう?」「本気だよ」「必ず冷めるもののことをスープと呼び愛と呼ぶ」「真理だ」「その真理がくつがえるんです」。洗練された筆致と息をつかせぬリーダビリティで綴られる、交錯した人間模様。愛の真理と幻想を描いた、大傑作長編。

冷めないスープはない、止まない雨はない。当たり前。
 永遠という言葉を“冷めないスープ”というそのままの意味に受け取り、過剰反応し、「永遠なんかあり得ない!」とヒステリーを起こしていた女性がいたっけ。その人のスープはきっと冷めたのだろうな。

自己陶酔の語りに酔っているかと見せかけて、実は完全しらふの文と感じます。ストーリーは緻密、完成している。
 古典的なSF小説に、文学(私小説風な語り)が織り交ぜられた感じ。だからストーリー性ある小説として読むのも面白いかと。

ただストーリー、だけじゃないところが良かった。ダラダラ愚痴のように書かれた“作家”の語りは退屈だけど、この小説の最大の味わいもその愚痴部分でしょう。
 退屈でも、人が腹の中のもの見せてくれるのっていいよなと思う。
“エンターテイメント至上”と言って、ストーリーだけの小説を大人が読んで何の意味があるのだろう?(大人が目新しい設定に出会う機会などあり得ないというのに)

2010年9月20日
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