読書備忘録 “いつも傍に本があった。”

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秋の夜長におすすめ、文学エッセンスのある長編ミステリ5選

ちょっと文学の味わいのあるミステリをご紹介します。
(私のように)謎解きオンリーなミステリが苦手という人もこれなら読めるはず。
夜が長くなるこれからの季節、じっくり小説世界に浸ってみてはいかがでしょうか。

ロング・グッドバイ





【内容情報】(「BOOK」データベースより)
私立探偵フィリップ・マーロウは、億万長者の娘シルヴィアの夫テリー・レノックスと知り合う。あり余る富に囲まれていながら、男はどこか暗い蔭を宿していた。何度か会って杯を重ねるうち、互いに友情を覚えはじめた二人。しかし、やがてレノックスは妻殺しの容疑をかけられ自殺を遂げてしまう。が、その裏には哀しくも奥深い真相が隠されていた…大都会の孤独と死、愛と友情を謳いあげた永遠の名作が、村上春樹の翻訳により鮮やかに甦る。アメリカ探偵作家クラブ(MWA)賞最優秀長篇賞受賞作。

ハードボイルド・ミステリの名手、レイモンド・チャンドラーの代表作です。
随所にチャンドラーの愛した作家、フィッツジェラルドへのリスペクトが感じられる。アルコールと鬱屈した日々に溺れる主人公はフィッツジェラルドの投影か、それとも作者自身か。
ほろ苦くも深い味わいのある長編小説です。

グレート・ギャツビー




上で紹介した『ロンググッドバイ』を読むなら、一緒にこちらもぜひご堪能を。
(ディカプリオ主演の映画もあります)
いわゆる「人が死ぬ→犯人捜しの謎解きで物語が進む」というミステリジャンルの小説ではありませんが、華麗な生活を送るギャツビー氏の存在そのものがミステリーと言えます。
もちろん、この小説の価値は謎解き「だけ」ではありません。輝かしい人生の裏側、そこはかとない哀しみを知るでしょう。世界中で愛されているアメリカ文学の最高峰です。


死ぬときはひとりぼっち




レイ・ブラッドベリの幻想的な味わいのあるミステリです。 廃墟のように寂れた街で起きた怪事件を中心として、主人公が様々な人と接触していきます。ストーリーの筋を追うのではなく、主人公とともに街を泳ぐ感覚を味わうための小説と言えます。 この小説の世界はどこかで見た景色であり、きっとこれから見る景色でもあります。あの色褪せた景色にはまる人は多いはず。

罪と罰




古典中の古典、ドストエフスキーの『罪と罰』です。
まだ読んだことがない人は、「何やら難しそうでお高くとまった文学」と思って毛嫌いしているでしょうか。
しかし意外にもこれは、ストーリー性の高いミステリ(サスペンス)とも読めるんです。
「文学は苦手なんだけど…読みやすい文学にはチャレンジしたい!」という方に。初チャレンジの文学としてお薦めです。
(もちろん、ミステリ要素「だけ」ではなくあくまでも文学なので、思考は鍛えられると思います)


重力ピエロ




一点だけ、現代小説よりご紹介。
ファンの方は怒りまくるだろうが、これはミステリではなく文学であると私は思う。
おそらくミステリしか売れないという現代小説の現実があり、出版社がミステリしか受け付けないので、やむを得ずミステリの装丁をして差し出したというところか。おかげでミステリファンには絶大に不評ですが、ミステリ「だけじゃない」ものを求めている方にはお薦めです。
重い背景を持つ春には共鳴する読者も多いはず。

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中嶋博行『司法戦争』感想(本)

※この記事にはネタバレがあります。以下、未読の方はご注意ください※
2011年 再読。
昔読んだ時は、「知的でソフトな人に裏の顔があり…」という、二時間ドラマ好きの主婦が喜んで飛びつきそうなステレオタイプの犯人像にひどく落胆した覚えがある。
壮大な国家戦争へ突入していくと見せかけて、個人の怨みによる犯行という狭い世界で終わったところも落胆だった。

が、改めて今読み返してみると、プロの弁護士のお立場から世界の司法の問題点を浮き彫りにし、警鐘を鳴らされていたことが分かる。
まさに昨年のアメリカの謀略によるトヨタの受難を思わせる場面(日本の自動車メーカーPL訴訟)から小説は始まり、現在の“陪審員裁判”(裁判員制度)を予見した結末で終わる。 最後の法務官僚の言葉には痺れた。その通りなのだろう。

あの当時はまだ裁判員制度は始まっておらず、秋月の言葉を深く考えてみることもなかった。 冤罪大量生産工場と化している裁判所から、犠牲者を救い出す手段として裁判員制度は良かったかもしれない。
だが結局は裁判官に指図されないか、買収はないか、民事にまで広がればどうなるのか、等々考えていく必要がある。
合格率40%で量産した法曹たちが行き場のないまま腐っているこの惨劇も、目を開けて見つめなければならない。

本来は論文とか議会への提唱という形をとられるはずのもの、小説という手段が選ばれたに過ぎない。著者はジョン・グリシャムのようなエンターテイメントを目指されたらしいし、あくまでも小説は小説で楽しむべき。だが、不可抗力で小説に刻まれた一人の法曹の叫びを覚えておきたい。

//追記、「今ここにある危機」。
少し前に話題となったTPPは弁護士や医師の自由化をも推進するものだった。大国からレベルの低い弁護士たちが襲来して日本を食い荒らす、という小説の設定はフィクションではない。今こそこの小説を読み、その危険性を肌で知るべき。

出版社/著者からの内容紹介
日本を震撼させるリーガル・サスペンス
沖縄で最高裁の判事が殺された。判事はなぜ死なねばならなかったのか。東京地検、法務省、内閣情報室、警視庁、あらゆる国家権力を巻き込みながら潜行していく巨大な陰謀がついに暴かれる。現役敏腕弁護士作家ならではのリアリティ。司法制度を根本から問い日本を震撼させるリーガル・サスペンスの最高峰!


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服部まゆみ『この闇と光』感想



「闇と光」とは、どちらが見える世界で見えない世界のことなのだろう?
我々が光として見ているもの、闇として意識しているものは、もしかしたら真実の世界では反転しているのかもしれない。
盲目の世界で育った少女は、何も見えなかったからこそ完璧に満たされていたことを後で知る。

「耽美小説というジャンルです。もしかしたらあなたは苦手かも」
と前置きされてご紹介いただいたのだが、いやいや。とても面白かった。

物語は、盲目の姫君レイアの少女時代から始まる。
レイアがまだ記憶もないほど幼い頃にクーデターが起きて、国王だった父は失脚し、父と二人で小さな別荘に幽閉されることになったらしい。母はクーデターの時に失った。世話係としてあてがわれた侍女のダフネは意地悪だ。ダフネから軽い虐待を受けているため、レイアは彼女に怯えている。
不幸な身の上だがレイアの世界は満たされていた。
優しい父がたくさんの美しい物語を読み聞かせてくれたから――。

中世欧州を思わせる古風な世界観とダークな描写がマッチして、物語世界にはすぐ惹き込まれた。先にある展開は完全なクーデターか、それとも逆転の王制復活か?
色々と展開を想像しながら読み進めるうちに、これは実は精巧なミステリーなのだと気付いてくる。
巷に溢れる安易な殺人事件ドラマとは一線を画す、正々堂々とした、とても高度な技術を使ったミステリー。

まるで著者から挑戦状を叩きつけられたようである。
まず、読者は主人公と同じ視点に置かれる。景色が見えず、状況が把握できない。
情報は父である王と、ダフネという意地悪で怖い侍女からしか得られない。
断片を繋ぎ合わせるようにして状況を読んでいく。時代はいつ? 国はどの辺り? ……次第に、意外と近代で、もしかしたら現代かもしれないと気付いていく。
最後に見せられる回答は、おそらく大半の読者にとって意外なものだと思う。
当たっていたら爽快感。
筆者は概ね当たっていたが、一点だけはずれた。さすがにあれは気付かなかった。
(ネタバレのため書けません)

他に細かいところで、個人的に盲目の少女が心の拠り所とする本のタイトルが嬉しいものばかりだった。
ヘッセ『デミアン』、日本の文学の数々、そしてグルグル回ってバターになる虎たちの物語。幼い頃の著者が本当に本好きだったのだなと感じられて嬉しい。

ただ私には、絵画や人の顔の美しさ、という見た目の「美」がよく分からない。そこはどうしても理解が及ばない。
それとヘッセ『デミアン』の読み方が自分とは恐ろしく違っていて驚いた。あまり驚いたのでその後、検索して女性のレビュアーたちが書いた『デミアン』の感想を読んでみたところ、やはり自分とは全く違うのだと知って衝撃だった。同じ小説を読んでも、こんなに違うものなのか。
(世界中の少年たちと同様、私はデミアンやシンクレールを自分に引き寄せて共鳴して読んだ。多くの女性は、観客として傍から眺めるらしい。例えば「デミアンってかっこいいよね」などと評価する)

この小説のラストの展開に共鳴できないのも、やはりそういうところか。
「愛」とはイコール「美」のことであり、恋慕の相手は美しい鑑賞物なのである。
その意味でこれは最終的に確かに「耽美小説」というジャンルに分けられると言えるだろう。だから思想の部分ではやはり共鳴できず、苦手なジャンルだったと言えるかもしれない。

とは言え小説としては掛け値なしに面白かった。
しばらく仕事用の読書しかしていなかった時期で疲れ切っていたため、久しぶりに小説を読み時間を忘れるという体験をさせていただいて、息抜きになった。

その後、ここから読書熱復活(笑)。大感謝。

2016年5月4日筆
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