読書備忘録 “いつも傍に本があった。”

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『桜桃とキリスト――もう一つの太宰治伝』感想

 この人こそ読んでいると誤解される作家の代表ではないだろうか。太宰治。
太宰治ファンで有名な芸人、又吉がブログにて
「太宰治が好きだと言うと“ああ。昔読んだわ”と言われ、やったった感を出される」
と書いていたので笑った。確かにそういう自称読書家は多いな。

彼が言うようにそのような人間は偉い評論家の言葉をコピーしているだけだ。
「太宰ごときは十代の頃に読むべきもの」とか
「自意識過剰な太宰文学を大人が読むのは恥ずかしい」
 などと他人の言葉を何も考えず鵜呑みにし、オウムのようにそのまま口から再生してしまう人間のほうが遥かに恥ずかしい。
自分の意見として「好きになれない」と言うのならまだしも。

と、……そう言う私は、実はあまり太宰文学が好きなほうではなかった。
 ただ単に深くヒットする作品に出会わなかった、私の人生には影響がなかったというだけのことで、悪い作家と思ったことは一度もないが。
言っておくが現代の商魂丸出しの張りぼて小説より、遥か遥かに好きだ。
 大量生産されたくだらない現代小説を読む時間があれば太宰治を再読したほうが有意義な時間を過ごせると思う。
 さて評論家として、「十代の通過点」どころか年配になっても太宰治を読み続けている人がいる。
ここに紹介する本はその「生涯・太宰ファン」による、熱きラブコール。


 とにかく太宰が好きで、長年太宰を何度も再読し続けているという強者です。
 調査が細かく徹底していて、さらに客観的な目もある。
 たとえば『女学生』などの小説はほとんどパクリで書かれたことなど、現代だったら大問題となるだろう事実まで容赦なく載せている。
他のエピソードも驚きの連続だった。

特に驚嘆したのは太宰の小説の書き方。
彼はいざ原稿に向かうと一文字も修正することなく最後まで淀みなく書き上げてしまったという。
また口述で原稿を書くことも多く、まるで既に存在する原稿を読み上げるように滑らかに述べた。
つまり頭の中で一字一句に至るまで完璧に仕上げてから、原稿なり声なりでアウトプットしたのだ。

 人間業ではない。
(つい推敲を繰り返してしまう私から見たら神様です)

 私は「この世に天才などいない」と思っていたのだが、これは、いるんだなと初めて信じた。
 間違いなく太宰治は天才だったようだ。
その才能は青森の潮来に由来するのではないか、と長部氏は見ている。
 『女学生』などはほぼ女子学生が書いた文を写したようなのだが、ところどころ太宰なりの言い回しに変えられているそうでそれ故に名作となっている。
 要するに、潮来として他人の心を乗り移らせて語る超人的な才能があったのかもしれない。
と言うことは自分について語る時もいったん魂を遠ざけ、他人の魂のように乗り移らせて語ったのだとも想像出来る。
それ故、ぞんざいで表現が粗いようにも思えるのだが、全体で眺めてみれば見事な歌として成立している。

 そもそも太宰の小説は音楽だと長部氏は語っていて、私も同感だった。
太宰の小説は決して飛ばし読みをしてはいけない。
 文章を頭の中で音として再生しながら読むと最高のリズム、完璧な歌を味わうことが出来る。

正直言って太宰先生がここまでの天才だとは気付かず、今まで読み返してみることもなかったことを反省した。
 それでこの本を読んだ直後、むしょうに読み返してみたくなり太宰本を買いあさったのだった。
 (ちょうど太宰生誕百周年の年だったので書店の目立つところに並んでいた。いつも隅に追いやられているのだが)

こんなふうに感化されて見方を変える読者もいるのだから、やはりファンなら声を上げたほうがいいなと思った。
 馬鹿にされても好きな作家について語っていくことは大切です。
*** 以下はこの本について以前に書いた感想。太宰の人格に対する個人的な印象が中心、まとまりないメモです ***

『桜桃とキリスト―もう一つの太宰治伝』
太宰の二度目の結婚から、心中死に至るまでを書いた評伝。大佛次郎賞、受賞作品。

 濃厚な内容だった。
 「人生を通してずっと太宰治を読んで来た」という著者の語り口は熱い。そして資料をつぶさに調べて引用を多く用いてくれているので人物像が生き生きと浮かび上がって来る。
まるで生きた津島修治という人物が目の前にいるかのような、彼を囲む宴会の片隅にでも座らせてもらっているような気分だった。

この本を読んで太宰治という作家のイメージを払拭せざるを得なかった。
 女々しい作家であり、奥さんを大事に出来なかった最低なアル中ヤク中野郎で、最終的には安易な死に逃げた……という事実の認識は変わらない。だがそこに至るまでの道のりを知ったことで、デカダンスな文豪というイメージに過ぎなかった太宰治が人間・津島修治として見えて来た。
なんだ、彼も普通の人だったのだ。
ごくありふれた日常に潜む落とし穴にはまり抜け出せなくなっただけの男だ。
“仕方がない”、とは言わない。が、分かる。
自分もいつそこにはまるかもしれない。
 はまったら抜け出すのは容易ではないだろう。
 健康に生きている今の自分はたまたまの幸運に過ぎず、もしかしたらあの時あの道を行けば、太宰と似たり寄ったりの人生だったかもしれないと思う。(彼ほどの自堕落が出来るほどの体力はないが)
 思うから、むやみに軽蔑したり「自分はあいつとは違う」と誇ったりすることはもう、出来ない。
まず最も驚いたことは、太宰はどこまでも男であったということだ。

 というのも、女々しいというイメージが一般的で私もそう思っていたのだが、女性的なのは外見だけで彼は性根から男だった。あの女々しさは、男としてのありきたりな女々しさだ。実は女性のほうがこういう女々しい部分など持っていない。
 男なのだから、妻子を本心では愛していたはずだ。
でも大切に出来ない。その力がない。
「自分にはこれでいっぱい(精一杯)なのです」
 と言った彼の言葉はやったことを見れば嘘に聞こえてしまうが、きっと本気の本心だろう。
夜中に妻子への愛情で苦しみのた打ち回っていた津島修治の姿がありありと見える。
 
彼が自殺に至った要因は様々に取り沙汰されていて、「無理心中だ(愛人が殺したのだ)」という噂まで飛び交っていたことに驚いた。
 著者の長部氏は
「無理心中ということはないだろう」
と言っていて、私もそうだと思う。死を選んだのは太宰自身の意思なんだろう。

結核。多額の税金。愛人問題。
 それらの苦悩が胸に降り積った結果という著者の想像がたぶん正しい。
ただ最終的にはやはり、山崎富栄が実力行使したに近いな、と私は個人的に感じる。
 俗な言い方だけど、別れ話のもつれでは。
 それまでの不健康な生活から少し抜け出して、結核も快復に向かっていた。そして新しい作品も書き始めていた。その矢先に死んでしまったのは、身近な愛人の強制があってのことだと思う。
死のしばらく前から山崎富栄は太宰を軟禁して誰にも会わせなかったらしい。
 軟禁状態で太宰が受けた精神攻撃の地獄は想像に難くない。
「自分の物にならないなら死んでくれ」
 そう言われた時、人の心はポキンと折れる。
あ、もういいよ。
 分かったよ。死んでやるよ。喜んでくれるなら。
そう思う。
疲れてしまう、のだろう。
ましてそれまでに様々に傷付き心労を抱えて疲れきった人間なら、なおさら。

太宰の場合、その「心労」のほとんどが客観的にどう見ても彼自身が悪いとしか思えないのだが。
 それにしても、師であった井伏鱒二が口にしたとされる“悪口”を聞いた時の心の傷は深いものだったはずだ。
 太宰の言葉を再引用。
P346:
「ここだけの話だがね、この正月にね、亀井や山岸たちと井伏さんのところに、挨拶に行ったんだ。例のごとく、おれはしたたかに酔っ払っちゃってね、眠くなったものだから、隣室に引退って、横になって寝ちまったんだ。どのぐらい寝てたんだか、それは分からんがね、とにかくふと眼をさますと、襖越しに笑い声が聞こえるんだ。みんなで、寄ってたかっておれの悪口をいい合っては、笑っているんだ。おれがピエロだというんだ。いい気になっているけれど、ピエロに過ぎんというんだよ。このとき、おれはね、地獄に叩きこまれたと思ったね。髪の逆立つ思いとは、あれのことだね。思い出しただけで、総身が慄えてくるんだよ」

大人の嫉妬はみっともない。
 実生活ではあまり褒められる人間ではない太宰だが、単なる嫉妬という理由だけで人を叩くのは筋が通らない。
 当時、太宰は『斜陽』が大ヒットして一躍スター作家となっていた。だから周囲の嫉妬は凄まじかったろう。上のエピソードはその中でも最も身近な人たちからの嫉妬を受けた場面。
 
 長部氏は、太宰の師である井伏鱒二はたぶんその場にいただけで悪口は言っていないはず、と言う。
 きっとそうなのだろうと思う。太宰は被害妄想の気があるから、過剰に受け取ってしまっただけなのだ。
長部氏が書いている通り、井伏はどんなに太宰が酷いことをしても見捨てずに献身的に尽くした。他人から見れば何もそこまでしてやることはないのに、怒っていいはずなのにと呆れる。驚くほど誠実で優しい人だ。
最後の手紙を見ても、決して太宰のことを悪くは思っていなかった様子。
 こんな人を“悪人”と呼んだらバチが当たる。
だが井伏が太宰の悪口を言っていなくてもその場にいて、否定さえしなかったことにやはり傷付いたはず。
 信頼していた人々の嫉妬という醜い感情を目の当たりにした時の太宰のショックがどれほどだったか。私にも共感するところがある。
自殺の直接の原因とはならなくても、その時の傷は本人が思った以上に深く、ふさごうとしてもふさげなくてじくじく化膿していった……。
その化膿が、太宰の晩年において彼を死へ向かわせる一番の力となったのではないかと思う。
  

太宰も踏ん張ろうとしたのだろう。
何とか最後まで生きようと足掻いた。
 しかし傷は思ったより深く、重荷を担ぎ続けた疲労は濃厚過ぎて、その暗い淵の前で踏ん張りきれなかったのだ。

――この本について感じたことは書ききれないので、いずれ続きを書く(かも)

【追記】
後日、改めての追記:
この記事を読み返してみると、本を読んだ直後だっただけに引きずられて同情的な印象があるな。
現実に太宰が友人として身近にいたら早くに見限って縁を切ると思う。
が、どこかけなしきれないのはやはり、「自分もいつどうなるか分からない」と知っているから。
借金重ねてアル中で、どうしようもない駄目人間をせせら笑うのは自由だけども、「俺はあいつとは根本から違う」「自分は絶対にああはならない」と言い切ってしまうのはどうかと思う。それは自分について無知と言えるでしょう。


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盛田隆二『夜の果てまで』感想(本)



2009年読。
リアリズムに圧倒されました。
こんな小説を書けたらなぁ。
【ストーリー】
コンビニでバイトしている大学生の主人公は、いつも夜中に来る女性客の万引き行為を目撃していた。
チョコレートのM&Mをポケットに入れて持ち帰るので「Mさん」と呼んでいたその女性は、年上なのだろうが魅力的だった。
たまたま入ったラーメン屋に「Mさん」がいた。その店の主人の妻だった。
その後、主人公はラーメン屋の息子の家庭教師として雇われ、彼女の家に出入りするようになる。
次第に接近して行く主人公と年上妻……。
 以上、あらすじを書いてしまえば陳腐なご都合主義に思える。
大学生の主人公と“不倫相手”の年上女性にはあまり共感するところはない。
恋愛と言うよりは欲望。道義的にも納得はいかない。

 ストーリーしか見えない人はこの時点で「陳腐過ぎる」「くだらない」と切り捨ててバカにしてしまうでしょう。
甘い恋愛小説を期待して手に取った人は裏切られた想いで本を床に叩きつけるかもしれない。
でも、現実の恋愛は往々にしてこんなもの。
欲で惹かれ合って欲に堕ちていく。そして這い上がれない落とし穴の底に突き落とされる。
たかが、欲。されどその欲が人生を激変させる。
くだらない一時の熱のために、確かにあったはずの未来が幻と消える。
この冷徹なリアリズムが痛い。
現実がいかに陳腐で滑稽か、醜悪かということを淡々と記録するかのように描き出している。
さらに絶大な効果を発揮しているのは仔細に描写されている背景だ。
小説に設定された当時そのままの街並み、音楽、会話が描きこまれている。
 特に会話のリアリティには驚愕させられた。当時の中学生の喋る内容まで正しく再現されている。
このように固有名詞を大量に書き並べ、会話まで忠実に再現することは小説としてあまり良くない技法と言われる。
 フィクションであるはずの世界が現実に絡め取られてがんじがらめとなり、読者に空想する隙を与えなくなってしまうからだ。
けれどこの小説の場合、仔細に現実の背景を描き出したことが逆に読者自身の記憶を呼び覚まし、空気の匂いまで立ち昇らせる効果を出している。
こうすることで主人公の気持ちさえも景色に投影させ、表現しているわけだ。
 (気持ちはあえて描写しない。代わりに景色を細かく描いて読者の心に呼び起される感情で表現する)
宮崎駿のアニメーションで背景が緻密に描かれていることを思い出させる。
現実の景色を緻密に描くことによって、空想世界の広がりではなく観ている者自身の記憶世界へ誘う。
すると世界の匂いや風まで感じられる、あの効果。
小説で空気感まで立ち昇らせるというのは凄まじく細かい仕事をしているということ。
地図はビル名など細部まで読み込み、実際にその年代の人々が話している声を録取し、文化風俗(ゲームやアニメ、音楽等々)を記録する。再現するにも神経を遣う。
単純にそのことだけでも凄い作家と思った。職人技だ。
 この技術を受け取るには、読者のほうにも少々経験値というスキルが要るだろう。
まずこの小説の描写から記憶を再現する経験が必須と思う。
つまり決して子供向きではない。
自身の“記憶”を読むことが出来る大人向きの小説、と言える。

ちなみに私がこの小説で最も共鳴、と言うか凄みを感じたところは主人公が就職を棒に振って「どうしようもない」生活へ堕ちて行く過程で、ぼんやり空を眺めている場面。
景色に投影して主人公の(彼自身でも気付いていない)心裡が描かれていた。主人公と同じ状況に置かれたようで、ある意味、ホラーより恐ろしい背筋が寒くなる場面だった。人が瞬間的に殺されるのではなく、ぬるま湯に浸かって死んで行くのだ。
似たような気持ちを経験したことのある人間として、よくあんな恐ろしい場面を描けたものだと尊敬した。

//アマゾンのレビューを読んでいると、極端に評価が分かれる。
女性は生理的嫌悪を覚えるようで。(それはそうか)
ともかくストーリーだけ読めばこんな設定はくだらないのは当然、だが現実全てくだらないのだし、こんなリアルな小説があって良い。
現実にはあり得ないシチュエーションの夢小説だけが世に溢れるほうが恐ろしい。


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角田 房子 『碧素・日本ペニシリン物語』 感想と紹介

 ドラマ『JIN-仁-』でペニシリンのありがたさが描かれていたが、現実にペニシリンの開発が進んだのは第二次世界大戦中だった。
1929年、英国人フレミングが偶然に導かれて発見したペニシリンは、長らく誰にも注目されることがなかった。だが第二次世界大戦が勃発し、傷病兵を治療する必要性から一気に開発が進み、米国において大量生産・実用化に至った。(英国人フローリーらの尽力による)
つまり軍事力を高めるために開発されたもので、“戦争が世に生み出した薬”と言っても過言ではない。
偉大な薬さえ戦争が生んだという事実に私は複雑な思いを覚えたが、ともかく以降ペニシリンは多くの人命を救い、人類の平均寿命を延ばしたのだった。
そのペニシリンが、実は日本でも戦時中に開発されていた。
しかも日本オリジナルの“碧素”として――。

ペニシリンの歴史について知っている人でも、この事実を知らない人は多いと思う。
角田房子の『碧素・日本ペニシリン物語』によれば、第二次世界大戦末期、激しい空襲下でペニシリンを開発した人々がいた。

「敵国でペニシリンが開発されたらしい」
という情報が日本にもたらされたのは昭和十八年末。ドイツからの潜水艦が日本に持ち込んだ『臨床週報(クリーニッシェ・ボッヘンシュリフト)』が陸軍軍医少佐稲垣克彦に手渡される。
その後、チャーチルの肺炎がペニシリンで治ったという報道(誤報)に接した陸軍は軍医学校に
「昭和十九年八月までにペニシリン研究を完成するよう」
との命を降した。
稲垣の主導で第一回ペニシリン委員会が開かれたのは、昭和十九年二月。
まだペニシリンを作り出すカビの株さえ見つけてはいなかった。
英米でさえフレミングがペニシリンを作る青カビ(ペニシリウム・ノターツム)を発見してから、生産までに長い年月をかけている。
「ペニシリンという薬があるらしい」
という報道以外に具体的な情報は何も得られない日本で、株の発見から薬品の開発までをやるということは、英米の辿った道を始めから歩むということ。それを半年や一年でやれというのは無茶な命令だった。
しかし、日本の研究者たちはその無茶をやってのける。

日本中の学者が一つの目的に向かい、個人としての名誉や利益を捨てて協力し合った結果、たったの一年半でペニシリンの生産にこぎつけたのだ。
物資の揃う米国で生産されたペニシリンに比べれば混ざり物の多い薬だったが、それでも立派に人の命を救う抗生物質だった。
しかも国内で発見された株の、国内で開発された“日本オリジナル”ペニシリンだ。
この日本産ペニシリンは、「碧素(へきそ)」と名付けられた。
※碧素:軍によってペニシリンが敵性語とみなされたので、日本独自の名前が付けられた。「碧素」は当時の一高生が名付けたもの。青いカビの美しさから。

自分の弁当を実験用マウスに与え続け、栄養失調で倒れかけた相沢憲。
東京の委員会には始め参加しなかったが、東北帝大での秘密の研究でペニシリン株を発見した近藤師家治、その師である黒屋政彦。
空襲さえ恐れずに実験に没頭する多くの研究者たち。……
彼らが何故そうしたかというと、戦争に勝つためというよりも
「やはり命を救いたいという使命感だった」
と言う。

私欲を捨て、使命へ身を捧げた人々の存在に心が震えた。
戦後、アメリカ軍がペニシリンを持って来るのだがその場面には耐えられず号泣してしまった。
P215 
…ペニシリン入りの瓶は、すでに秋の色を帯びた日ざしを受けて、キラキラと光った。やがて出月が、「白いね」とポツリといった。…
小出は、「ほとんど白色に近いきれいなペニシリンを見た時は、ただもう“恐れ入りました”の一語でした。これでは、戦争も日本が負けるわけだ……とつくづく思いましたよ」と語る。

自分より優れた人を妬んで足を引っ張るか、劣等に見える人を蔑み嘲笑することしか能のない現代日本人。くだらない。
かつてはこんな日本人たちが存在したというのに。

この本の締め括りとして掲げられた相沢憲の言葉を私もメモしておきたい。
P229
「戦後の抗生物質研究のめざましい発展に、戦中のペニシリン研究はその基礎となったという意味で、非常に役立ったと思います。もう三十年余り前の昔話になりましたが、空襲下の極度に貧しい条件の下で、みなが自分の名誉など問題にせず、一致協力してあそこまで研究をやりとげたことは、高く評価されていいと思います。
その後、二度とあれだけの研究体制がとられないのは残念です。その理由はいくつか挙げられましょうが、私はそれを承知の上でなお、なぜ出来ないのかと問いかけたい気持ちです。
抗ガン剤の研究も、それぞれが自分の城にたてこもってやっていますが、戦中のペニシリン研究のように、互いに研究内容を知らせ合い、助け合って進めてゆけば、アメリカのように大金を投じなくても立派な成果が挙がるはずです。あのころは、今にも日本が負けるというギリギリの状況だったから共同研究も出来たが、今のような豊か平和な時代には出来ない……ということでは、研究者として情けない話です。
確かに、学問は非常に進みましたが、人間もまた進歩した……といえないのが、実に残念です」

(絶版のため、内容の解説や引用を多めにしました)

***
この一ヶ月、仕事上の資料を読む必要があったので趣味の読書はほとんど出来ませんでした。
合間を縫って唯一読んでいたのがこの『碧素・日本ペニシリン物語』。
ペニシリンについて知りたい、と言った私に、その道の専門家(後に書いたように浜田雅先生)が直々に貸してくださった本です。
お借りしたのがちょうど一ヶ月前。
数日後、著者の角田先生が亡くなられたという報道がされました。
読んでいる最中での報道だったため驚きました。
借りた時はご存命と伺ったので、いつかこの本の復刊についてお話が出来ないかと淡い夢を抱いてしまった……。
ご冥福をお祈りします。
素晴らしい本を世に残していただき、ありがとうございました。

※2010年筆




この本に関していただいたメール:
読まれた方から、メールをいただきました。
この本に登場される近藤師家治先生をご存知の方からです。(仮にT様とします)
ありがとうございます。
個人が特定されるような具体的な話は伏せますが、近藤先生が所長をされていた研究所にT様のご家族がお勤めで、その関係から子供の頃に近藤先生と交流を持たれたそうです。
大変貴重なお話だったので、以下ご本人の承諾のもと、メール文から引用させていただきます。
(「フィクション寄りに再構成を」、というご依頼だったのですが、私は本人による衷心からの言葉以上に気持ちが伝わるものはない、と信じる者です。おそらく問題ないだろうと思われる個所のみ抜粋します)
(個人情報略)……ですので私が小さい頃はしょっちゅう所長先生(近藤所長の呼び名)のお宅に連れて行ってもらい、遊んでもらい子供の如く可愛がってもらいました。
所長先生にはお子さんがいらっしゃらなかったのですが、大変子供好きで部下の子供を大変可愛がっていたと思います。
まさに親戚のおじさんでした。


また権威と名声の対極にいる方で、ご自宅は患者さんに手作りで作って貰った家でした。
晩年のお仕事は抗ガン剤の研究でしたが、残念ながら市販化間近で予算が足りず世に日の目を見ることはありませんでした。


(詳細略: その抗がん剤はエビデンスがあり、とても予後が良かったとのこと)
つくづくこの有効な薬が世に出なかったことが残念でなりません。

私はこのような環境にいたにも関わらず、注射をされるのが世の中で一番嫌いだったので医者になろうと子供の時から一度も思いませんでした。
物心ついたころから他の生物学に魅了され一心に勉強していましたが、紆余曲折があって遠回りをしてから獣医師になりました。
病気は理不尽です。病気があることが患者の全てを制限してしまいます。
それをどうにかしたい!というのは医学をする上で根本だと思います。
仙台に帰省するたびに所長先生のお墓参りをします。
墓碑には日本で初めてペニシリンを発見したと刻まれています。

ただご家族も亡くなってしまい、もう所長先生に近い人は誰もいません。
以前はお花が一杯手向けられていましたが、最近は私たちだけになる時もあります。
悲しいですが、仕方がありません。
私は医療者としてこの先見果てぬ高みを目指しますが、やっぱり所長先生の意志を継ぎたいと思っています。
生まれた時から先生が亡くなるまで、我が子のように目を掛けて下さいました。
同じ道(人と動物に違いはありますが)を人生として選んだ以上、この偉大な医学者に恥じない生き方をしなければと思います。

見ず知らずの人間が突然メールをして失礼しました。
ただ近藤先生を1人でも多くの人が知ってくれると、やっぱり嬉しいです。

後のメールより追記
最後に、
個人的に申し上げれば、ひたすらに命に真摯に向き合うという医学の根本を最後まで実践された方だと思います。
我々は学ぶことが多々あり、忘れてしまうにはあまりに惜しい人間だと思います。
そういう事実は忘れてはいけないもの、その精神は継承し続けないとならないものかもしれません・・・・

感動的なメールでした。
私は拙いながら感想を書かせていただき、ご縁をいただいてこのようなお言葉に接する機会を得たこと、深く感謝致します。

---この本をお借りした方について詳細をカット致します---
私も実は代々医師の家系に生まれながら、全く別の道を行き医学には完全なる「門外漢」となってしまった身です。
今回このようなメールをいただき、無為に生きている身を恥じるものです。
微力ながら、何かできることはないかと思い、いただいたお言葉を公開させていただきました。


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池澤夏樹『静かな大地』感想(本)



明治維新。世の中は変わり、侍の権威は失墜した。
 これまでのように上から言われる仕事をしていれば食べていけた時代とは違う。侍たちは生活手段を求め彷徨った。
 徳島の侍から襲撃された淡路の侍たちも、島を離れることを余儀なくされた。移住先は未開の地、北海道――。
移住した淡路衆の中に、幼い宗形三郎がいた。
三郎が新しい地を探検しているとき、アイヌの子オシアンクルと出会う。たちまち三郎は彼と親友になる。
オシアンクルを通して、三郎はアイヌとの仲を深めていった。
けれど次第に深くなる絆が、三郎を輝かしくも悲劇的な運命に導いて行く。
父が娘へ、娘が夫へ語る言葉を紙面に写し取ったかのような、変わった形式で綴られている。
(おそらくアイヌの伝承法をイメージしたもの)
 人が喋る言葉そのままに、ストーリーは行きつ戻りつして少し分かりづらい。
しかしたくさんの人が語る記憶の断片が結びついた時、宗形三郎の人生とその悲しみが鮮やかに浮かび上がる。それは眩し過ぎて、目を細めずにいられない。
『静かな大地』は全人生をアイヌに捧げた宗形三郎の英雄譚。
そして人類の暗部を抉り出した批判的な歴史文学でもある。
この小説で描かれたのは「アイヌ」対「和人」だけれど、「アイヌだけが悲惨」で「和人だけが酷い」のではない。同じような対立と迫害は世界中のあちこちで繰り返されてきた。たった今も世界のどこかで宗形三郎が戦い、潰されかけているだろう……。
宗形三郎がアイヌと成し遂げた牧場の繁栄が輝かしいだけに、待ち受けていた悲しみが深々と胸に刺さる。
 ラストに挿入された寓話と詩を読みながら、涙が止まらなかった。
“あの夕日”、
木々の間できらりと輝いた夕日をきっと一生忘れられない。

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清野 栄一『テクノフォビア』感想(本)

 仕組まれている、と感じることがある。
 最近初めて知ったばかりのめずらしい名前を、その人物とは全く関係のない土地の、関係ない人たちの会話で耳にしたり。
 
 無関係なはずのシチュエーションの、文字や数字が一致したり。
それらは単なる、偶然の一致としか言いようがないものなのだけれど、幾度か重なると人はその一致に意味を感じ始める。  つまり膨大なデータの洪水の中から、運命を見出そうとするのだ。  清野栄一『テクノフォビア』で、システムエンジニアの卓也が携わるプロジェクトは、その「運命を見出す」作業に似ている。 <以下、若干ネタバレ含みます>  まず世界中の全ての人間の、ありとあらゆる個人情報を集める。その情報は揺り篭から墓場まで。どこで買い物をしたか、どんなDVDを借りたか、どこのベッドで眠りどんな性的趣向を持つか。テロリストも大統領もサラリーマンも主婦も、全ての人の行動が、単なる情報として抽出されまとめられる。  こうして集めた膨大な個人情報は無意味なデータの洪水に過ぎない。
 だが、ある目的を持って情報を繋げて行くと、偶然の一致が意味を持ち始める。
すなわち、「必然」となる。  膨大な個人情報から見出された「必然」は、企業にとってはマーケティングであり、国家にとっては支配である。
 この小説のプロジェクトは、ほとんど実現可能。いや、エンジニアやハッカーにとっては既に日常的な現実だろう。単に巨大な力で一つにまとめられていないという点でだけ、フィクションなのだ。
(とは言え、フィクションであると考えることも仮定に過ぎない。今現在、膨大な個人情報が誰かによってコントロールされていないと、誰が断定できるだろう?)  これはもはやユングの、集合無意識の理論。  神秘学的には高次の存在――マスターとか神とか守護霊とか何でもいいけど――がいて、この膨大な情報カオスの中から個々人の「必然」をコントロールしているという。  ユングの時代には想像でしかイメージ出来なかったけれど、今は実生活の人の営みで語ることが可能なのだな。
 人の生活は真理を映す。真理に向かって成長して行く。
ほとんどの人は真理の世界を感じ取らずに生きている。  自分の個人情報が漏れているのに鈍感な人たちのように、たとえ不自然な一致を見つけても 「たかが偶然の一致」
 と笑い飛ばす。
けれど比較的に敏感な人は、自分の人生が自分以外の存在によってアクセスされ、ログられていることを感じ取る。  ログられていることを感じ取ったなら、自分で自分の情報を追跡し、コントロールすることも可能かもしれない、と一部の人々は信じる。  それが神への祈りであり、呪術であり、運命転換のための様々な技術。    運命のコントロールは、きっとある程度は可能だろう。  しかし残念ながら完全にコントロールすることは出来ない、というのもまた真理。
 
何故なら、流れ出した情報は自己で回収出来ない。  そして未来は、不確定だからだ。  使われなかったIF文はどこへ行くのだろう。  宇宙のカオスで、永遠の眠りについているのだろうか。   *****    感想。
 面白い本でした。
サイバー犯罪か、それとも単なる偶然か、精神錯乱か。主人公がわけのわからない恐怖に追い詰められて行く物語に、先はどうなるのだろう?と引っ張られる。  途中いろいろ考えることの出来た、充実した読書時間だった。
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島本理生『ナラタージュ』 感想(本)



重い、痛い、切ない。
覚えのある情景を目の前で映し出される。ようやく癒えたと思い込んでいた心の傷を、ふたたび抉られる……。
愚かしい恋をしたことのある人間なら、読むのが苦しい小説。
「ナラタージュ」~過去語り、というタイトルは嘘だろう。この小説はあまりにもその時に近い。

作家が小説を書くときは一度、現実の出来事を自分で飲み込んで消化する。(はずだと思う)
だからどのような小説の痛みも情景も、作家自身の色を持っている。
その色が現実よりも濃いか薄いかは作家の力量にかかっているのだけど、とにかく色を楽しむのが、小説という“芸術”の味わい方だろうと思う。
しかし、『ナラタージュ』ではこの消化作業が抜けている。
何のフィルターも通さず、起こった出来事を淡々と描写するだけ。
だからこれは“小説”とは言い難い。
インスタントカメラで撮った写真のようなもの。
だからこそ、もし同じような馬鹿げた恋愛をしたことのある人間なら、その場その時に連れていかれて胸がつぶれそうになる。
正直、読み終わって何も言葉が思いつかないほど私には辛かった。
現実はこんなにも辛いから、封印していたのだと思い出してしまう。

同じ経験をしなければ意味不明な小説かもしれない。ちょうど故郷の写真は自分には意味を持つけれど、他の人には無意味なように。

それにしても、なんという残酷な心理描写だろうか。どのような残虐シーンより目を逸らさなければならなかった。
男はいくつになっても馬鹿でくだらない。
そして女の人はそんな男を愛し恨みながら、地上でもっとも残酷なことをしてのけるのだ。
愚かでみっともない、これが恋愛。

2010年頃 筆

内容:
(「BOOK」データベースより)
お願いだから私を壊して、帰れないところまで連れていって見捨てて、あなたにはそうする義務があるー大学二年の春、母校の演劇部顧問で、思いを寄せていた葉山先生から電話がかかってきた。泉はときめきと同時に、卒業前のある出来事を思い出す。後輩たちの舞台に客演を頼まれた彼女は、先生への思いを再認識する。そして彼の中にも、消せない炎がまぎれもなくあることを知った泉はー。早熟の天才少女小説家、若き日の絶唱ともいえる恋愛文学。



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服部まゆみ『この闇と光』感想



「闇と光」とは、どちらが見える世界で見えない世界のことなのだろう?
我々が光として見ているもの、闇として意識しているものは、もしかしたら真実の世界では反転しているのかもしれない。
盲目の世界で育った少女は、何も見えなかったからこそ完璧に満たされていたことを後で知る。

「耽美小説というジャンルです。もしかしたらあなたは苦手かも」
と前置きされてご紹介いただいたのだが、いやいや。とても面白かった。

物語は、盲目の姫君レイアの少女時代から始まる。
レイアがまだ記憶もないほど幼い頃にクーデターが起きて、国王だった父は失脚し、父と二人で小さな別荘に幽閉されることになったらしい。母はクーデターの時に失った。世話係としてあてがわれた侍女のダフネは意地悪だ。ダフネから軽い虐待を受けているため、レイアは彼女に怯えている。
不幸な身の上だがレイアの世界は満たされていた。
優しい父がたくさんの美しい物語を読み聞かせてくれたから――。

中世欧州を思わせる古風な世界観とダークな描写がマッチして、物語世界にはすぐ惹き込まれた。先にある展開は完全なクーデターか、それとも逆転の王制復活か?
色々と展開を想像しながら読み進めるうちに、これは実は精巧なミステリーなのだと気付いてくる。
巷に溢れる安易な殺人事件ドラマとは一線を画す、正々堂々とした、とても高度な技術を使ったミステリー。

まるで著者から挑戦状を叩きつけられたようである。
まず、読者は主人公と同じ視点に置かれる。景色が見えず、状況が把握できない。
情報は父である王と、ダフネという意地悪で怖い侍女からしか得られない。
断片を繋ぎ合わせるようにして状況を読んでいく。時代はいつ? 国はどの辺り? ……次第に、意外と近代で、もしかしたら現代かもしれないと気付いていく。
最後に見せられる回答は、おそらく大半の読者にとって意外なものだと思う。
当たっていたら爽快感。
筆者は概ね当たっていたが、一点だけはずれた。さすがにあれは気付かなかった。
(ネタバレのため書けません)

他に細かいところで、個人的に盲目の少女が心の拠り所とする本のタイトルが嬉しいものばかりだった。
ヘッセ『デミアン』、日本の文学の数々、そしてグルグル回ってバターになる虎たちの物語。幼い頃の著者が本当に本好きだったのだなと感じられて嬉しい。

ただ私には、絵画や人の顔の美しさ、という見た目の「美」がよく分からない。そこはどうしても理解が及ばない。
それとヘッセ『デミアン』の読み方が自分とは恐ろしく違っていて驚いた。あまり驚いたのでその後、検索して女性のレビュアーたちが書いた『デミアン』の感想を読んでみたところ、やはり自分とは全く違うのだと知って衝撃だった。同じ小説を読んでも、こんなに違うものなのか。
(世界中の少年たちと同様、私はデミアンやシンクレールを自分に引き寄せて共鳴して読んだ。多くの女性は、観客として傍から眺めるらしい。例えば「デミアンってかっこいいよね」などと評価する)

この小説のラストの展開に共鳴できないのも、やはりそういうところか。
「愛」とはイコール「美」のことであり、恋慕の相手は美しい鑑賞物なのである。
その意味でこれは最終的に確かに「耽美小説」というジャンルに分けられると言えるだろう。だから思想の部分ではやはり共鳴できず、苦手なジャンルだったと言えるかもしれない。

とは言え小説としては掛け値なしに面白かった。
しばらく仕事用の読書しかしていなかった時期で疲れ切っていたため、久しぶりに小説を読み時間を忘れるという体験をさせていただいて、息抜きになった。

その後、ここから読書熱復活(笑)。大感謝。

2016年5月4日筆
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