読書備忘録 “いつも傍に本があった。”

デービッド・ハルバースタム『静かなる戦争』 感想

 2017年はトランプ政権に揺れるアメリカを目撃し、世界各国の影響力順位が変わる様を眺めた年だった。
ハルバースタム著『静かなる戦争』は、こんな今だからこそ読みたい名著。

(記事中敬称略)

〔目次〕
紹介と読後の雑感
まとめ
参考になった箇所、引用






■本の紹介と読後の雑感

本書にはブッシュ(父)政権後半からクリントン政権の内幕が詳細に描かれている。表向き流れてくるニュースの情報とはまるで質が違う。
関係者への徹底した取材で、政権メンバーの詳細な経歴はもちろん、プライベートな場での発言まで明かされる。さらにソマリアやユーゴ紛争の虐殺など世界的事件の最中、アメリカ政権内で交わされていた会話、大統領の言動が詳細に記されている。ここから「アメリカ大統領」が何者であるのか、ひいては 「アメリカ」とは何であるのかまでもが見えてくる。それは愚民制度としての「民主主義」の末路も見せてくれているのだが。

さすがジャーナリズムの傑作。圧倒のリアリズム。今まさに生きている時代の歴史書は、全てが興味深く細部まで見逃せない。
やはり現実は面白い。だが、恐ろしい。
遥か遠い過去の歴史を眺めるのとは違い、今の命に係わる現実に私は震えを抑えることができない。

この本を読んで得た結論を先に書く――
 「アメリカ大統領」とは素人集団の長である。
「アメリカ」とは、莫大な富を得たために世界一の軍事力を持ってしまった、無知な金持ちたちを乗せたジャンボジェットである。
この巨大な飛行機を操るのは未経験の新人パイロット。
我々が住む現代は、素人同然のパイロットが操縦する危ういジャンボジェットに世界の運命を委ねているようなもの。2017年末の今もまだ人類が生き残っていることは奇跡としか言いようがない。

「新人パイロット」とは言っても、これまでのアメリカ大統領たちは政権を担うことが初めてというだけだった。
ブッシュ父にしろコリン・パウエル にしろ、湾岸戦争当時の政権メンバーは若い頃から政治や戦争の場で腕を磨いた人々。
クリントン は大統領となった当時若かったし経験も十分とは言えなかったが、それでも長年政治畑を歩んできた人。周りを固めていたのも優秀な頭脳を持つ専門家集団たちだった。
そんな一流の政治エリートたちですら、超大国を操縦するにあたって長期の政策を軸とせず、国民の反応に右往左往し、行き当たりばったりにその場しのぎの対処ばかりしていたのが現実。
結果、大量虐殺の犠牲者を生み続け、テロと世界紛争の種を撒き散らした。この本に記された時代に撒かれた種は、二十年後・三十年後の未来である今、刈り取ることすらできないほどの大木に成長している。
一応は政治のプロであったクリントンたちでさえ、国家運営が未経験ゆえにドタバタとその場しのぎの対処しかできなかったことを考えれば、正真正銘本物の素人が大統領職にある今がどれほど恐ろしい状況か……。

日本のメディアは、アメリカがプロフェッショナルな軍事専門家による長期戦略のもとで動いている国家なのだという幻想を抱いている。
大統領などお飾りでしかない。どれほど無知でバカな素人が当選したとしても、大統領となった瞬間から超一流のプロたちが周りを取り囲み、手取り足取りアドバイスを浴びせるから大丈夫。何も心配は要らない。
トランプが大統領となったとき、そのような楽観的な発言をするコメンテーター、分析家ばかりだった。
現実はそうではない。王様の椅子に座っているのはお飾りではなく権力を持った愚民なのだ、と彼らが悟るのはもう間もなく。最悪の有事が起きてからではないだろうか?

おそらく有事を経た後に全ての人類が気付くのだろう、我々は数百年前、決定的に道を誤ったのだと。

■まとめ

国家運営は最も難しい仕事で、どれほど優秀な人物でも未経験者ができるものではないはず。先輩たちの仕事を観ながら学び、小さな仕事から少しずつこなして運営の技術を身に付け、何年も経てようやくトップに相応しいだけの力量を身に付ける。
ましてアメリカは人類史上最高規模の軍事力と財力を持つ。トップしか知ることのできない機密情報も膨大で、前任者から引き継いだその情報を読み込むだけで何年もかかるだろう。
それがいきなりトップの座に据えられ、ろくに情報も知らされないまま「国家の操縦をしろ」と言われる。その日から怒涛のごとく国際問題が襲い掛かる。
これに正しく対処するのは個人の能力を遥かに超える。不可能なことをやらされるのだから過ちが起きるのは避けられない。アメリカが衰え世界崩壊の種を撒き散らしたのは必然だったと思う。

未経験者または完全なる素人が大国を操縦しなければならない、というシステムにこそ重大な欠陥がある、ということに人類はいつ気付くのだろう。
プロへの尊敬心を棄て去り、プロの首を斬って素人が国を支配し君臨する。愚民の王様に政策があるはずもなく、全ては国民の言うなり、風まかせに振り回されるだけ。このような愚民制度(衆愚制)を続ける限り人類の不幸は終わらない。
民主主義の理念は正しいが、現代のシステムには明らかに欠陥がある。


■参考になった箇所、引用

 P444
ある時、ボスニア情勢について議論をしていると、アスピンが、「アメリカはセルビア人に一発食らわせ、様子を見るべきだ」というようなことを軽い気持ちで言った。パウエルは訊く。「もし、うまくいかなかったらどうしますか」。アスピンは答える。「その時は、別の手を考えよう」。するとパウエルは、第二次大戦中の英雄、ジョージ・パットン将軍の言葉に少し手を加えて切り返した。「何かに着手する時には、必ず成功するよう、手を尽くさなければならないのです」。

>何かに着手する時には、必ず成功するよう、手を尽くさなければならない
賛同する。その通りだと思う。
何事も「成功するにはどうしたらいいか」という前提で細部まで計画を練るべき(結果がどうであれ計画段階では)。子供の遊びから一般社会の仕事まであらゆることがそうであるのに、どうして戦争だけは「とりあえずやってみればなんとかなる」と皆が思っているのだろう? 
人は戦争のことになるとテーマが大き過ぎて考えが及ばなくなり、際限なく楽観的になるものなのか?

パウエルは撤退まで計画できなければ派兵に反対する人だったという。その主義が、国民の要望に応えたい政権側から見ればたびたび障害となっていたが、彼は正当だったと思う。(それにしてはイラク戦争が疑問過ぎるが。あの愚かな戦争の裏側を知りたい)

P449
「映像の持つ説得力」が、アメリカの外交政策に新たな波を起こした――アメリカは、歴史的な繋がりが浅く、自国の安全保障にまったく関係のない国へ、限定的に介入するようになったのである。政策を動かすのは、テレビの画像とアメリカ国民の「人道的な衝動」である。それだけに危険性がある。感情をもとにした政策は根が浅い。外交政策、それも武力行使を伴う政策を実行する必然性が乏しいからだ。

>感情をもとにした政策は根が浅い。
外国人から見ると当たり前の中の当たり前。
このような当たり前をあえて書かなければならないお国柄に驚く。

不思議の国、アメリカ。日本人から遠いのは中国ではなくアメリカなのだ。
人道主義は素晴らしいが、もし人道を叶えたいなら他人のために自らの命を捧げなければならない。ということをおそらくあの国の国民は知らない。
中途半端な人道主義こそ最大の犯罪で、今の世界の混乱を招いた要因。
だからトランプが候補者時代に唱えていた「他国のことに首を突っ込まない」政策は正しいのだが、今さら遅い。世界を混乱させた後で責任放棄するのはさらなる犯罪だ。せめて自分たちが招いた混乱の責任くらい取るべき。

P410
「おめでとうございます、大統領。ようやくふらつかずに、真っすぐ歩けるようになりましたね」
「君には、これまでずいぶん手厳しくやられたな」。
そう言ってからクリントンは一瞬沈黙した。それから、まるで詫びるかのように、心の内をうかがわせる言葉を添えた。
「覚えているかい? 私は知事から大統領になったから、外交政策の経験はまったくなかったんだ」
和やかな、親しみ溢れる会話だった。こんなやりとりができるようになったのは、クリントンの大統領就任から七年目のことだった。

アメリカ大統領制および、現代民主主義のシステム的欠陥を明白に表す一節。

未経験者が国家運営で「ようやく真っ直ぐ歩けるようになる」ために七年。これはおそらく超絶に早いほう。クリントンは一般人より遥かに優秀な人間なので、七年で少しだけ立って歩けるようになった。
しかしその時はもう任期終了間近。
どれほどの天才が大統領となっても間に合わないシステム。
通常なら七年もあれば国家崩壊、世界滅亡するまでに十分。これまでアメリカは莫大な富と軍事力があったので無事だったのだが、これからはそうはいかないと思う。
アメリカも、アメリカの傘の下で過ごした世界も、偏った富の上にあぐらをかき過ぎたな。

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