決して「これだけ読めば間違いなし」というファンタジーのスタンダード・リストではなく、個人的な好みで並べるだけですのでご了承を。あまり多くの方の目に留まらない作品をご紹介できればと思います。
(3/14『東方綺譚』追加)
東方綺譚 (白水Uブックス (69))
ご紹介いただき最近読みました。感謝。
東方(アジア~中東)の昔話や伝説をモチーフにした短編集です。
ギリシャ詩文やオリエントの歴史に博学な著者による、ホメロスさながら比喩を駆使した描写が美しい。
ファンタジーではありますが、人間の醜さも哀しさも評価せず描き出すこの物語は、人生を味わう文学として大人の方にお薦めします。
第一話、『老絵師の行方』の情景描写は最も鮮烈な描写で圧倒されます。文から鮮やかに放たれる色彩が、脳裡に再生されるごと眩暈を覚えます。
東洋は、かくも美しかったのか。
今は失われた古の景色を想い、胸が締め付けられます。
私は第一話の第一文から惹きつけられました。長らくこういう濃厚な小説を読んでいなかったので、充たされる想いです。
個人的には『老絵師の行方』が最も好きです。「漢代」ということで私には響くものはあったのでしょうが(とは言え描写は漢代だけではなく清代と混ざっている気がしますが)、何より性的な匂いが比較的に薄い作品で、弟子の想いの清潔さが好みでした。(秘められた設定はともかく。女性が読むとまた違う感想となるかも)
『源氏の君の最後の恋』も、日本の情景の美しさが老いの哀しみを引き立たせ、味わい深いものです。
ニンフ(ギリシャの妖精)の話になると、我々極東から見ればもはや「東方」の情緒はなく「西方」ですね。描写の耽美さは若干劣りますが、人間の貪欲さと卑しさ、それに伴う哀しみを描き出す筆に慈悲を感じます。特に女性にはお薦めでしょう。
ところで、西洋人の脳を一度通過した東洋の景色はどうしてこれほどにも神秘的で美しいのでしょうか。
東洋のような、東洋でないような。まるで天才老絵師の描いた絵のような究極の美しさは、どこか死後の景色にも近い気がします。
何を言おうと私はかつての宮崎駿の目指したものが大好きでした。好きだから最後となった作品の『風立ちぬ』が残念で、文句を言ってしまった。
アニメ映画では『ナウシカ』が最も完璧だったと思うのですが、彼の作品の中で最高峰と思うのは、実は映画ではなくてマンガです。
それも『シュナの旅』という、一冊で終わるとても短い物語。
シュナの旅 (アニメージュ文庫 (B‐001))
ストーリー: 貧しい国で人々が飢えていくのを見かねた王子シュナは、伝説の豊穣をもたらす「金の種」を求めて旅立つ。チベット民話がモチーフの素朴なファンタジー。
無駄を削ぎ落とした静かなストーリーは、人の心の根底に眠る古い時代の記憶を呼び覚まします。
私は最初から惹き込まれて一気に読みました。
最近のゲームファンタジーのような派手な冒険はなく、展開も地味なのですがそこが良い。絵も素晴らしく丁寧で誠実な作品。
これを、「現代アニメではありがちな設定。展開が地味。つまんない」などと言って切り捨てる人はどれだけ感性が鈍いのだろう?と思います。
なんでも「設定ありがち」と切り捨てたら古典など絶対に読めないだろうが。
感性が貧しい人が実に多い。
『シュナの旅』は地味なストーリーであるから、当時のアニメ界での成功は見込まれず、宮崎駿はこれの映像化を断念してマンガとして世に出しています。宮崎氏本人によるその愚痴には同情しました。
こういうシンプルな物語を「ありがち。つまんない」と言う、まさにそんな感性の貧しい観客に翻弄された結果が最後のあのジブリ作品なのかと思うと、たまらなく残念なのです。
もし宮崎駿が引退前に観客の意見を募っていたなら、私は最後の作品に『シュナの旅』を推していたと思います。
ただアマゾンに掲載されている門倉紫麻氏の言葉、「アニメという万人に向けた形をとっていれば、また違うものになっていたはずだ」という意見にも同感です。アニメ化されることで地に落ちるくらいなら、これはこのままのほうが良い。
ゲド戦記 全6冊セット (ソフトカバー版)
アニメ映画は評判悪かったようです。
どうやら始めは原作通りに作ろうとしたのだが、宮崎吾朗氏が上の『シュナの旅』を織り交ぜて作ろうとしたために、半端な作品となってしまったらしい。
この映画が理解不能だったせいで原作の『ゲド戦記』を手に取る人も少なかったのでは、と思います。
でも原作『ゲド戦記』はそんなに悪いものではない。と言うよりも次元の違う名作です。
哲学ファンタジーと呼べるようなもので、根底に古今東西の思想があり、読者を深い思索に誘う力を持ちます。
私がこのファンタジーと出会ったのは大人になってからなので、残念ながらつい知識をもって読んでしまうのですが、子供の頃にこの本と出会えた人は幸せだと思います。イメージ力、メタファーを解釈する力、思索力を養うのに最高の物語です。
個人的には「真実の名」という、東洋の諱(いみな)のような設定が面白かったです。そもそも古(いにしえ)にはそのような伝説があって、諱はそこから発祥したのでは? などと空想させられました。
どこか東洋的な雰囲気漂う西洋人の物語は、神秘的で面白い。同じく東洋の雰囲気漂う『スターウォーズ』も、たぶん『ゲド戦記』に影響されているのではと思います。
※私は2巻辺りまで読んだところで読む時間がなくなり、積読中
新訳 アーサー王物語 (角川文庫)
ファンタジーを語るならまずこれを読まなければならない。
そう言われるほど基本中の基本、最低限のファンタジー教養です。
全ての西洋を舞台とするファンタジーが何らかの形で、必ず『アーサー王』の影響を受けていると言っても過言ではありません。
『アーサー王』を読んだことがない人も、石から剣を抜く青年のイメージはどこかで見かけたことがあると思います。
冒険あり、魔術あり、恋愛ありのエンターテイメントなのですが、不義の展開が多く共鳴する部分がないため正直面白いものではありません(笑)。西洋にはファンが多いけど日本人の肌には合わないでしょう。
ただこれは子供のように物語を面白がって読む種類のものではなくて、教養として読むものと思います。
ところで夏目漱石も『アーサー王』を題材にした作品を書いていて、こちらは恋愛文学として一読の価値ありです。
薤露行
「薤露行(かいろこう)」とは、“人生はハスの葉の上の水滴が乾くように、一瞬にして過ぎ去る”という歌の題。
漢代の中国、貴族の葬式で歌われる葬送歌です。
西洋ファンタジーに「薤露行」というタイトルを付ける漱石のセンスの良さに眩暈がします。
はてしない物語 (エンデの傑作ファンタジー)
あれは、私がこの小説の主人公と同じくらいの年の頃でした。図書館で、分厚い赤い本に惹かれて手に取りました。
「読書好きの少年がある時、赤い装丁の本を手に取る。本の内容は壮大なファンタジー。本の中で『ファンタージエン国』は今にも虚無に飲み込まれようとしていた。国を救うためには英雄が必要。その英雄の名とは―― え、本を読んでいる自分!? やがてその本の中から自分を呼ぶ声が聴こえる……」
まさに読書している自分と重なる設定なので、本の中から呼ばれるのではないかとドキドキしながら読みました。
子供心をつかむ仕掛けが満載の、脳内で作り上げるバーチャル・リアリティ・ファンタジーと言えます。子供にお粗末な3D映画を見せるくらいなら、この本を読ませたほうが遥かにイメージ力を鍛えられるはずです。
主人公が引き込まれるファンタジー国の世界観も繊細で美しく、惹き込まれます。深い思想をベースにした物語は大人でも楽しめるはずです。
この小説は映画となっています。CGのなかった時代、巨大な美術セットで造り上げられた美しい映像はとても好きなのですが、主人公が異次元へ吸い込まれるところで終わっているのが残念です。物語の本題はその後にあるというのに。
子供ながらに考えさせられたストーリー。いつかもう一度読みたいものです。
楽園 (角川文庫)
日本ファンタジーノベル大賞受賞作です。
鈴木光司は『リング』シリーズが売れて有名となりましたが、それらの商業作品より遥かに芸術性の高い秀作です。おそらく鈴木氏が本当に書きたい小説とは、こちらの系統だったのだろうと感じます。
(残念ながら当初この芸術性高い作品は売れなかったようです。生活のためホラーを描いたところ、ようやくヒットしたとか)
古代のゴビ砂漠から始まり、18世紀南太平洋を経て、現代アメリカへ。
輪廻転生を思わせる壮大なストーリーの中で、男女のロマンスが描かれます。
「輪廻転生」と言ってもお子様向けの生まれ変わり物語ではなく、アジア大陸からアメリカ大陸へと人類が移動し、DNAが受け継がれていったということを象徴的に描いたものです。
人類を巻き込む、スケールが大きな愛の物語と言えます。
読み終われば長い長い映画を観たような充足感を覚えることでしょう。
『リング』も良いけど、この作品もぜひ読むことをお薦めします。
扉を開けて
最も有名なファンタジーと言えば『ナルニア国物語』ですが、子供の頃にナルニアが好きだった著者が小説家となり、書いた作品がこちら。
ライオンに乗ったり剣を振りかざしたり、どこかナルニアっぽい。でもあのライオン、実は人間なのです。
主人公たちは1980年代の東京に住む超能力者たちです。
主人公は念力者、友人はテレポーター、そして月夜にライオンに変身してしまう男。この三人が異世界へ飛んで大活躍する物語です。
小学校の頃、それまで推理小説好きだった私の趣味を一変させるほど熱中させてくれた小説でした。
面白くて面白くて、何度も読み返したのを覚えています。
もし大人になってから読んだのだとしたら、幼稚な文体に馴染めず最初のほうでやめてしまったのかもしれませんが、子供だった私にはとにかく中毒してしまうほどの面白さでした。
思い返せばこれは、戦争で活躍する英雄の物語なのですね。
それも古代的な国で、現代人が知恵を駆使して戦闘に勝利するという。よく考えてみれば私は個人的な事情にて、そのようなところにはまっていただけかもしれません。
ただ新井素子の作品ではその後『グリーン・レクイエム』や『ラビリンス』を読み、さらに深い衝撃を受けました。
子供だったせいなのか、あまりの衝撃で眠れず、夜中に部屋をうろうろした覚えがあります。
特に『ラビリンス』はもう一度読み返したい秀作です。
若い方にはお薦め致します。
グリーン・レクイエム (講談社文庫)
ラビリンス(迷宮) (徳間文庫)
月の影 影の海〈上〉 十二国記 (講談社X文庫―ホワイトハート)
同じく和製・異世界ファンタジーとして有名なのはこちら。
(和製なのに何故か中華、という点はご愛嬌)
90年代に十代の間で流行した小説ですが、今でも熱狂ファンがいるほどの人気作品です。
同じ異世界に飛ぶ設定でも、『ナルニア』等とは違って全体に暗さのあるダーク・ファンタジーと言えます。
『扉を開けて』と比べるのも面白いです。バブル期の若者である『扉を開けて』の主人公たちが、「現代に帰りたい」と切望し帰還するところでめでたし・めでたしと終わるのとは逆に、『十二国記』の主人公たちは異世界へ行ったきり帰って来ません。
いや、そもそも異世界生まれの主人公たちにとってはこの現世こそ「異世界」であって、あちら側が故郷。現世では「疎外感」を感じており、元の国へ戻ることで自分の居場所を取り戻す……。
なんとも言えない複雑な気分となる設定です。
誰でも十代の頃は疎外感を感じ、「自分の本当の居場所はここではないんだ」と思うもの。それで、異世界へ行きたいと妄想したりします。それ故、異世界逃避設定はいつの時代も十代から絶大な支持を得ます。
しかし逃避したままでは駄目で、必ず現世へ戻って来て歩き出さねばならないと思うのに、この作者は「行ったきり」を選び取る。そのような逃げたまま設定があるのだ、あっていいんだ、という衝撃とともに新ジャンルを開いた作品だと思います。
著者はもしかしたら意図していないのかもしれないが、このあってはならない設定こそが人間の心の闇を考えさせる秀作となっています。
(アマゾン・レビューを読むと、この小説は「カウンセリング小説」と言われていて、現代の若者に癒しを与えているそうです。他人はしょせん他人、闇に生きて幸福な日常を夢見ないクールな心理が共感されているのかもしれません)
とは言え私はファンの方々のように、この作品に熱くはまるということはありませんでした。戦闘などの細かい設定を愉しむことも出来なかった。終始、上のように冷めた目で分析してしまいました。このためシリーズ最初のほうで挫折しています。
ただし個人的には、「麒麟」という存在だけに共鳴しました。
一人の主人に忠誠を誓えばその誓いを覆すことは出来ない。また、血に弱く、世のどこかで殺戮が行われていると弱っていき死に至るという聖獣。
いかにも中華的なメタファーです。
この一点に共鳴し過ぎてしまう自分もなんだろうか、とは思います。
銀河鉄道の夜―最終形・初期形〈ブルカニロ博士篇〉 (ますむら版宮沢賢治童話集)
宮沢賢治は、小説で読むのももちろん良いのですが、私は個人的に ますむら・ひろし という漫画家の作品が最高と思います。
登場人物は何故か全て、猫。
この時点で「なんで猫?」と疑問符が浮かび、生理的に受け付けない方は多いかもしれません。
ただ絵は緻密でファンタジック、闇も包含した独特の濃厚な世界観があり、私はこれ以上に賢治世界を再現したものはないと思うのです。
『銀河鉄道の夜』には15歳の夜に触れて、号泣しました。
それは後から考えればやはり私個人の事情による号泣だったのですが、ますむら・ひろし画の猫たちの表情や背景が切なく美し過ぎて、なおさら泣いてしまったところがあります。
以来、ますむら画の賢治作品は私の人生に刻まれる大切な思い出となっています。
(ところでこの漫画を貸したところ、「気色悪い」という表情をしながら無言で返してきた人がいました。絵が生理的に苦手ということもあったのかもしれませんが、それより単純に『銀河鉄道の夜』のストーリーが理解出来なかったらしい。現代人の感性の貧しさはここまでなのか…)
ますむら氏の絵による賢治作品『グスコーブドリの伝記』は、数年前にアニメ映画化もされました。
原作通りというわけではなく、またジブリのようなエンターテイメント・ファンタジーでもないため評判は悪かったのですが、賢治精神のエッセンスを並べたような映画とは言えます。ラストは様々な賢治作品を(勝手に)思い出し、涙が浮かびました。
でも、出来れば賢治の原文または ますむら氏の原作を読んだほうが良いでしょう。
この画がきれいなので、大きい画像をリンク。
グスコーブドリの伝記 [DVD]
(3/14『東方綺譚』追加)
東方綺譚
東方綺譚 (白水Uブックス (69))
ご紹介いただき最近読みました。感謝。
東方(アジア~中東)の昔話や伝説をモチーフにした短編集です。
ギリシャ詩文やオリエントの歴史に博学な著者による、ホメロスさながら比喩を駆使した描写が美しい。
ファンタジーではありますが、人間の醜さも哀しさも評価せず描き出すこの物語は、人生を味わう文学として大人の方にお薦めします。
第一話、『老絵師の行方』の情景描写は最も鮮烈な描写で圧倒されます。文から鮮やかに放たれる色彩が、脳裡に再生されるごと眩暈を覚えます。
東洋は、かくも美しかったのか。
今は失われた古の景色を想い、胸が締め付けられます。
私は第一話の第一文から惹きつけられました。長らくこういう濃厚な小説を読んでいなかったので、充たされる想いです。
個人的には『老絵師の行方』が最も好きです。「漢代」ということで私には響くものはあったのでしょうが(とは言え描写は漢代だけではなく清代と混ざっている気がしますが)、何より性的な匂いが比較的に薄い作品で、弟子の想いの清潔さが好みでした。(秘められた設定はともかく。女性が読むとまた違う感想となるかも)
『源氏の君の最後の恋』も、日本の情景の美しさが老いの哀しみを引き立たせ、味わい深いものです。
ニンフ(ギリシャの妖精)の話になると、我々極東から見ればもはや「東方」の情緒はなく「西方」ですね。描写の耽美さは若干劣りますが、人間の貪欲さと卑しさ、それに伴う哀しみを描き出す筆に慈悲を感じます。特に女性にはお薦めでしょう。
ところで、西洋人の脳を一度通過した東洋の景色はどうしてこれほどにも神秘的で美しいのでしょうか。
東洋のような、東洋でないような。まるで天才老絵師の描いた絵のような究極の美しさは、どこか死後の景色にも近い気がします。
シュナの旅
何を言おうと私はかつての宮崎駿の目指したものが大好きでした。好きだから最後となった作品の『風立ちぬ』が残念で、文句を言ってしまった。
アニメ映画では『ナウシカ』が最も完璧だったと思うのですが、彼の作品の中で最高峰と思うのは、実は映画ではなくてマンガです。
それも『シュナの旅』という、一冊で終わるとても短い物語。
シュナの旅 (アニメージュ文庫 (B‐001))
ストーリー: 貧しい国で人々が飢えていくのを見かねた王子シュナは、伝説の豊穣をもたらす「金の種」を求めて旅立つ。チベット民話がモチーフの素朴なファンタジー。
無駄を削ぎ落とした静かなストーリーは、人の心の根底に眠る古い時代の記憶を呼び覚まします。
私は最初から惹き込まれて一気に読みました。
最近のゲームファンタジーのような派手な冒険はなく、展開も地味なのですがそこが良い。絵も素晴らしく丁寧で誠実な作品。
これを、「現代アニメではありがちな設定。展開が地味。つまんない」などと言って切り捨てる人はどれだけ感性が鈍いのだろう?と思います。
なんでも「設定ありがち」と切り捨てたら古典など絶対に読めないだろうが。
感性が貧しい人が実に多い。
『シュナの旅』は地味なストーリーであるから、当時のアニメ界での成功は見込まれず、宮崎駿はこれの映像化を断念してマンガとして世に出しています。宮崎氏本人によるその愚痴には同情しました。
こういうシンプルな物語を「ありがち。つまんない」と言う、まさにそんな感性の貧しい観客に翻弄された結果が最後のあのジブリ作品なのかと思うと、たまらなく残念なのです。
もし宮崎駿が引退前に観客の意見を募っていたなら、私は最後の作品に『シュナの旅』を推していたと思います。
ただアマゾンに掲載されている門倉紫麻氏の言葉、「アニメという万人に向けた形をとっていれば、また違うものになっていたはずだ」という意見にも同感です。アニメ化されることで地に落ちるくらいなら、これはこのままのほうが良い。
ゲド戦記
ゲド戦記 全6冊セット (ソフトカバー版)
アニメ映画は評判悪かったようです。
どうやら始めは原作通りに作ろうとしたのだが、宮崎吾朗氏が上の『シュナの旅』を織り交ぜて作ろうとしたために、半端な作品となってしまったらしい。
この映画が理解不能だったせいで原作の『ゲド戦記』を手に取る人も少なかったのでは、と思います。
でも原作『ゲド戦記』はそんなに悪いものではない。と言うよりも次元の違う名作です。
哲学ファンタジーと呼べるようなもので、根底に古今東西の思想があり、読者を深い思索に誘う力を持ちます。
私がこのファンタジーと出会ったのは大人になってからなので、残念ながらつい知識をもって読んでしまうのですが、子供の頃にこの本と出会えた人は幸せだと思います。イメージ力、メタファーを解釈する力、思索力を養うのに最高の物語です。
個人的には「真実の名」という、東洋の諱(いみな)のような設定が面白かったです。そもそも古(いにしえ)にはそのような伝説があって、諱はそこから発祥したのでは? などと空想させられました。
どこか東洋的な雰囲気漂う西洋人の物語は、神秘的で面白い。同じく東洋の雰囲気漂う『スターウォーズ』も、たぶん『ゲド戦記』に影響されているのではと思います。
※私は2巻辺りまで読んだところで読む時間がなくなり、積読中
アーサー王と、薤露行
新訳 アーサー王物語 (角川文庫)
ファンタジーを語るならまずこれを読まなければならない。
そう言われるほど基本中の基本、最低限のファンタジー教養です。
全ての西洋を舞台とするファンタジーが何らかの形で、必ず『アーサー王』の影響を受けていると言っても過言ではありません。
『アーサー王』を読んだことがない人も、石から剣を抜く青年のイメージはどこかで見かけたことがあると思います。
冒険あり、魔術あり、恋愛ありのエンターテイメントなのですが、不義の展開が多く共鳴する部分がないため正直面白いものではありません(笑)。西洋にはファンが多いけど日本人の肌には合わないでしょう。
ただこれは子供のように物語を面白がって読む種類のものではなくて、教養として読むものと思います。
ところで夏目漱石も『アーサー王』を題材にした作品を書いていて、こちらは恋愛文学として一読の価値ありです。
薤露行
「薤露行(かいろこう)」とは、“人生はハスの葉の上の水滴が乾くように、一瞬にして過ぎ去る”という歌の題。
漢代の中国、貴族の葬式で歌われる葬送歌です。
西洋ファンタジーに「薤露行」というタイトルを付ける漱石のセンスの良さに眩暈がします。
ネバーエンディングストーリー(はてしない物語)
はてしない物語 (エンデの傑作ファンタジー)
あれは、私がこの小説の主人公と同じくらいの年の頃でした。図書館で、分厚い赤い本に惹かれて手に取りました。
「読書好きの少年がある時、赤い装丁の本を手に取る。本の内容は壮大なファンタジー。本の中で『ファンタージエン国』は今にも虚無に飲み込まれようとしていた。国を救うためには英雄が必要。その英雄の名とは―― え、本を読んでいる自分!? やがてその本の中から自分を呼ぶ声が聴こえる……」
まさに読書している自分と重なる設定なので、本の中から呼ばれるのではないかとドキドキしながら読みました。
子供心をつかむ仕掛けが満載の、脳内で作り上げるバーチャル・リアリティ・ファンタジーと言えます。子供にお粗末な3D映画を見せるくらいなら、この本を読ませたほうが遥かにイメージ力を鍛えられるはずです。
主人公が引き込まれるファンタジー国の世界観も繊細で美しく、惹き込まれます。深い思想をベースにした物語は大人でも楽しめるはずです。
この小説は映画となっています。CGのなかった時代、巨大な美術セットで造り上げられた美しい映像はとても好きなのですが、主人公が異次元へ吸い込まれるところで終わっているのが残念です。物語の本題はその後にあるというのに。
子供ながらに考えさせられたストーリー。いつかもう一度読みたいものです。
楽園
楽園 (角川文庫)
日本ファンタジーノベル大賞受賞作です。
鈴木光司は『リング』シリーズが売れて有名となりましたが、それらの商業作品より遥かに芸術性の高い秀作です。おそらく鈴木氏が本当に書きたい小説とは、こちらの系統だったのだろうと感じます。
(残念ながら当初この芸術性高い作品は売れなかったようです。生活のためホラーを描いたところ、ようやくヒットしたとか)
古代のゴビ砂漠から始まり、18世紀南太平洋を経て、現代アメリカへ。
輪廻転生を思わせる壮大なストーリーの中で、男女のロマンスが描かれます。
「輪廻転生」と言ってもお子様向けの生まれ変わり物語ではなく、アジア大陸からアメリカ大陸へと人類が移動し、DNAが受け継がれていったということを象徴的に描いたものです。
人類を巻き込む、スケールが大きな愛の物語と言えます。
読み終われば長い長い映画を観たような充足感を覚えることでしょう。
『リング』も良いけど、この作品もぜひ読むことをお薦めします。
扉を開けて
扉を開けて
最も有名なファンタジーと言えば『ナルニア国物語』ですが、子供の頃にナルニアが好きだった著者が小説家となり、書いた作品がこちら。
ライオンに乗ったり剣を振りかざしたり、どこかナルニアっぽい。でもあのライオン、実は人間なのです。
主人公たちは1980年代の東京に住む超能力者たちです。
主人公は念力者、友人はテレポーター、そして月夜にライオンに変身してしまう男。この三人が異世界へ飛んで大活躍する物語です。
小学校の頃、それまで推理小説好きだった私の趣味を一変させるほど熱中させてくれた小説でした。
面白くて面白くて、何度も読み返したのを覚えています。
もし大人になってから読んだのだとしたら、幼稚な文体に馴染めず最初のほうでやめてしまったのかもしれませんが、子供だった私にはとにかく中毒してしまうほどの面白さでした。
思い返せばこれは、戦争で活躍する英雄の物語なのですね。
それも古代的な国で、現代人が知恵を駆使して戦闘に勝利するという。よく考えてみれば私は個人的な事情にて、そのようなところにはまっていただけかもしれません。
ただ新井素子の作品ではその後『グリーン・レクイエム』や『ラビリンス』を読み、さらに深い衝撃を受けました。
子供だったせいなのか、あまりの衝撃で眠れず、夜中に部屋をうろうろした覚えがあります。
特に『ラビリンス』はもう一度読み返したい秀作です。
若い方にはお薦め致します。
グリーン・レクイエム (講談社文庫)
ラビリンス(迷宮) (徳間文庫)
十二国記
月の影 影の海〈上〉 十二国記 (講談社X文庫―ホワイトハート)
同じく和製・異世界ファンタジーとして有名なのはこちら。
(和製なのに何故か中華、という点はご愛嬌)
90年代に十代の間で流行した小説ですが、今でも熱狂ファンがいるほどの人気作品です。
同じ異世界に飛ぶ設定でも、『ナルニア』等とは違って全体に暗さのあるダーク・ファンタジーと言えます。
『扉を開けて』と比べるのも面白いです。バブル期の若者である『扉を開けて』の主人公たちが、「現代に帰りたい」と切望し帰還するところでめでたし・めでたしと終わるのとは逆に、『十二国記』の主人公たちは異世界へ行ったきり帰って来ません。
いや、そもそも異世界生まれの主人公たちにとってはこの現世こそ「異世界」であって、あちら側が故郷。現世では「疎外感」を感じており、元の国へ戻ることで自分の居場所を取り戻す……。
なんとも言えない複雑な気分となる設定です。
誰でも十代の頃は疎外感を感じ、「自分の本当の居場所はここではないんだ」と思うもの。それで、異世界へ行きたいと妄想したりします。それ故、異世界逃避設定はいつの時代も十代から絶大な支持を得ます。
しかし逃避したままでは駄目で、必ず現世へ戻って来て歩き出さねばならないと思うのに、この作者は「行ったきり」を選び取る。そのような逃げたまま設定があるのだ、あっていいんだ、という衝撃とともに新ジャンルを開いた作品だと思います。
著者はもしかしたら意図していないのかもしれないが、このあってはならない設定こそが人間の心の闇を考えさせる秀作となっています。
(アマゾン・レビューを読むと、この小説は「カウンセリング小説」と言われていて、現代の若者に癒しを与えているそうです。他人はしょせん他人、闇に生きて幸福な日常を夢見ないクールな心理が共感されているのかもしれません)
とは言え私はファンの方々のように、この作品に熱くはまるということはありませんでした。戦闘などの細かい設定を愉しむことも出来なかった。終始、上のように冷めた目で分析してしまいました。このためシリーズ最初のほうで挫折しています。
ただし個人的には、「麒麟」という存在だけに共鳴しました。
一人の主人に忠誠を誓えばその誓いを覆すことは出来ない。また、血に弱く、世のどこかで殺戮が行われていると弱っていき死に至るという聖獣。
いかにも中華的なメタファーです。
この一点に共鳴し過ぎてしまう自分もなんだろうか、とは思います。
ますむら・ひろし宮沢賢治選集
銀河鉄道の夜―最終形・初期形〈ブルカニロ博士篇〉 (ますむら版宮沢賢治童話集)
宮沢賢治は、小説で読むのももちろん良いのですが、私は個人的に ますむら・ひろし という漫画家の作品が最高と思います。
登場人物は何故か全て、猫。
この時点で「なんで猫?」と疑問符が浮かび、生理的に受け付けない方は多いかもしれません。
ただ絵は緻密でファンタジック、闇も包含した独特の濃厚な世界観があり、私はこれ以上に賢治世界を再現したものはないと思うのです。
『銀河鉄道の夜』には15歳の夜に触れて、号泣しました。
それは後から考えればやはり私個人の事情による号泣だったのですが、ますむら・ひろし画の猫たちの表情や背景が切なく美し過ぎて、なおさら泣いてしまったところがあります。
以来、ますむら画の賢治作品は私の人生に刻まれる大切な思い出となっています。
(ところでこの漫画を貸したところ、「気色悪い」という表情をしながら無言で返してきた人がいました。絵が生理的に苦手ということもあったのかもしれませんが、それより単純に『銀河鉄道の夜』のストーリーが理解出来なかったらしい。現代人の感性の貧しさはここまでなのか…)
ますむら氏の絵による賢治作品『グスコーブドリの伝記』は、数年前にアニメ映画化もされました。
原作通りというわけではなく、またジブリのようなエンターテイメント・ファンタジーでもないため評判は悪かったのですが、賢治精神のエッセンスを並べたような映画とは言えます。ラストは様々な賢治作品を(勝手に)思い出し、涙が浮かびました。
でも、出来れば賢治の原文または ますむら氏の原作を読んだほうが良いでしょう。
この画がきれいなので、大きい画像をリンク。
グスコーブドリの伝記 [DVD]