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なかにし礼『赤い月』と、ドキュメンタリーの話



ドキュメンタリー番組『告白~私たちの満州~』を興味深く観た。
幼い頃を満州で過ごしたタレントたちの実体験は凄まじいものがあった。
私たちは
“何があったか”
を知ってはいても、体感としての苦しみを知らない。
「帰国して渡された食糧に虫がわいていた(自分たちは人間扱いされていなかった)。闘いはこれからだと母は言った」
等、今回語られた記憶には想像以上の現実があった。
「私たちには命しか残っていなかった」、この言葉が全てを表している。

同じく満州で幼い頃を過ごした人による小説として思い出したのは、なかにし礼の『赤い月』。
主に母親のことを描いた物語なので、今回ドキュメンタリーではさらっと流されてしまった、当時の大人たちの満州での生活ぶりも知ることが出来る。
「栄華の絶頂」と表現されたその生活の豪勢なこと。
かつて満州は確かに"夢の地"であったのだ。(当時の日本人にとって)
また、なかにし自身の目で見た引き揚げ時の景色描写は詳細で鮮明だ。
記憶として淡々と書いてしまったという印象がある。心理描写が弱いため感情移入出来ない。
が、むしろそれ故に景色描写がありありと伝わってくると感じるのは私だけだろうか?

――真っ暗な大地が光を浴びると、一面の死体野原だった。
――命がけで渡った河に沈む、とろけそうに赤い夕陽。

戦争や時代背景、当時の思想、現代の喧々諤々な議論……、それら雑音の全てが消えて満州の景色だけが脳裏に浮かんだ。
何故だろう、私にはその光景がたまらなく懐かしかった。
たとえばあの地平線。そこへ沈む巨大な太陽。
「一面の死体野原」までもが懐かしかった。良い意味での「懐かしい」ではないが、奇妙な既視感を覚えて静かな涙が流れた。

満州の歴史的事実を描いたノンフィクションは様々あるが、ソ連侵攻からの悲劇を伝えたいという社会的使命感に傾いているきらいはある。
もちろんそれこそが最も大切なことだが、現実に体験した一般庶民の事実を感じるには社会的使命だけでは不十分かもしれない。何故なら悲劇に焦点が当てられるために、当時の人間の目から見た光景の全てが描かれることはないからだ。
『赤い月』の感情が欠落した表現は、景色描写としては完璧だった。
もし体感として満州の景色を見たかったら、この『赤い月』は絶大にお薦めする。

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