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『遠野物語』が実話であることの衝撃と、その美しさ

NHK『ヒストリア』で、遠野物語についての話があったので録画して観た。
「妖怪と神さまの不思議な世界~遠野物語をめぐる心の旅~」
これが、仄かな内容だったのだけど予想外で驚きだった。
『遠野物語』に、明治時代に三陸で起きた津波で妻子を失った男の話がある。
男が悲嘆に暮れて海岸を歩いていたところ、死んだはずの妻の姿を見かけた。
妻はその時、かつて自分と結婚する前に恋していた男と一緒に歩いていたという。

ただそれだけの短い話なのだが、これが実話だということで、しかもそのご子孫が2011年3月11日の津波で同じように家を流されたという後日談があったので驚いた。

ご子孫は、妻子ではなく母を津波で奪われた。
彼は震災後もその理不尽さに怒りの感情を持ち続け、苦しんだと言うが……。

不思議なことにご子孫も、ご先祖と同じく母の霊を見た。
彼の場合は夢の中で、日常的な会話を母と交わしたらしい。
震災でストップしていた時間が夢で母と再会出来たことで流れ出し、不思議と怒りが消えていったという。

これと同じことがご先祖にも起きたのではないかと思わせる。
つまり、「妻が昔の男と歩いていた」というストーリーは複雑な気分を起こさせるが、そのことでストップしていた時間が動きだしご先祖は前を向いて歩き出せたのではないかということ。
(ご子孫が生きてらっしゃるということは、ご先祖はその後独り身ではなかったということになるし)

ご子孫は、ご先祖の名前が刻まれている墓の前で
「先祖は優しい人だったのではないかと思う。愛妻をあの世に一人逝かせるのは忍びないと思ったから、せめて昔の想い人とでも一緒にいて欲しいと願ったのでは」
と語る。
この現代で完成した『遠野物語』に、私は涙せずにいられなかった。


現代、「スピリチュアル」というジャンルが流行している。
神秘を日のもとにさらけ出すジャンルだ。
古典スピリチュアル本はインド思想なみに真実で、確かに重要な示唆を含んでいると思う。
しかし私にはあまりにも明快過ぎるように感じられた。
妖怪も神秘さえ存在しないその物理学的過ぎる清潔な次元に、退屈を禁じ得ないのだ。
(つまり「ワクワク」感が、私にはスピで感じられない。清潔で澄んだ気持ちにはなるけれども)

人間が「ワクワク」する次元とは、せいぜい『遠野物語』のような、妖怪や幽霊が住まう世界が限度なのではないか?
時系列の命が存在せず妖怪も幽霊さえ存在しない、ただ清潔な宇宙空間だけの世界に「ワクワク」はない。

「誰も傷付かない世界」は理想郷のように言われるが、それは果たして魅力的なのか?
涙も、愛もない世界に、我々は行きたいとも思わないのではないだろうか。

最も美しく魅力的な世界とは、このような神秘の妖怪たちとともに、時系列に縛られて生きる命の息遣いが感じられる世界だ。

したがって、我々はこれからも『遠野物語』を愛し続ける。
『ゲゲゲの鬼太郎』を、『妖怪ウォッチ』を愛し続けるのだろう。

それは地上に縛り付けられるということを意味するのかもしれないが、妖怪の悲哀を忘れてしまったら我々がこの地上で生きた理由が失われる気がする。