読書備忘録 “いつも傍に本があった。”

恋愛小説として読む夏目漱石 おすすめ作品5選

  明けましておめでとうございます。お正月休みに日本文学に親しむのは、いかがですか?

「文学なんて難しい」と思うかもしれませんが、意外に夏目漱石などは現代人にも馴染みやすい恋愛小説を遺しています。
いつの時代も人を悩ませ、惹きつけるのは恋愛の苦悩なのですね。
苦い思い出のある大人はもちろん、これから恋をする若い人たちへお奨めの漱石作品をご紹介します。


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三四郎


熊本の高等学校を卒業して、東京の大学に入学した小川三四郎は、見る物聞く物の総てが目新しい世界の中で、自由気侭な都会の女性里見美禰子に出会い、彼女に強く惹かれてゆく…。青春の一時期において誰もが経験する、学問、友情、恋愛への不安や戸惑いを、三四郎の恋愛から失恋に至る過程の中に描いて「それから」「門」に続く三部作の序曲をなす作品である。
漱石の小説は、『猫』よりも『坊ちゃん』よりも、『三四郎』から入ったほうが良いのではないかと私は思います。恋愛小説こそ漱石の真髄だと思うからです。

 「田舎の青年が東京へ出て来て都会の女に恋をする」。
一言で『三四郎』のあらすじを言えばそうなりますか。現代ならありふれた恋愛小説なのですが、漱石の筆は描写の巧みさ的確さで登場人物の人生を疑似体験させてくれます。
みずみずしい青春を生きていた三四郎が、恋の苦さを知って少しずつ心に深みを持っていく。明るい『坊ちゃん』には共感できなくても、悩む三四郎には共鳴する人が多いのでは。
王道の恋愛小説、傑作です。


それから


長井代助は三十にもなって定職も持たず、父からの援助で毎日をぶらぶらと暮している。実生活に根を持たない思索家の代助は、かつて愛しながらも義侠心から友人平岡に譲った平岡の妻三千代との再会により、妙な運命に巻き込まれていく……。破局を予想しながらもそれにむかわなければいられない愛を通して明治知識人の悲劇を描く、『三四郎』に続く三部作の第二作。
アマゾンより
『三四郎』は若者の恋愛でしたが、『それから』は文字通りもう少し大人の恋愛です。十代・二十代前半より、もう少し上の年齢となってから読むのをお奨めします。(そう言う筆者もかなり若い頃に読んでしまったので、いずれ再読するつもりです)

現代では安い昼ドラになってしまいそうな設定でも、漱石の的確な筆で描かれると人物の心理を体験する実験に参加させられているようで、一緒に苦悩せずにはいられません。言わば高等な人生VRです。
陰鬱とした文章であるため好みは分かれるでしょうが、日本における最高峰の恋愛小説をぜひ一度ご堪能あれ。



親友の安井を裏切り、その妻であった御米と結ばれた宗助は、その負い目から、父の遺産相続を叔父の意にまかせ、今また、叔父の死により、弟・小六の学費を打ち切られても積極的解決に乗り出すこともなく、社会の罪人として諦めのなかに暮らしている。そんな彼が、思いがけず耳にした安井の消息に心を乱し、救いを求めて禅寺の門をくぐるのだが。『三四郎』『それから』に続く三部作。
「恋愛小説」としては少々苦過ぎる、もう老境に入った夫婦の話。
若者が思い描く恋とはかなりかけ離れていますが、これもまた恋の行方の一つではあります。

人生の陰を鬱々と描き込む筆に、私はどうしても『こころ』の描写と重ねてしまうのですが、『こころ』のように派手な(衝撃的な)展開はありません。
ストーリーの展開だけを求める人にはお奨めできない小説と言えます。ただ『それから』を味わうことができた読書人には、『門』も読み応えのある一級品と感じられるでしょう。


虞美人草


大学卒業のとき恩賜の銀時計を貰ったほどの秀才小野。彼の心は、傲慢で虚栄心の強い美しい女性藤尾と、古風でもの静かな恩師の娘小夜子との間で激しく揺れ動く。彼は、貧しさからぬけ出すために、いったんは小夜子との縁談を断わるが……。やがて、小野の抱いた打算は、藤尾を悲劇に導く。東京帝大講師をやめて朝日新聞に入社し、職業的作家になる道を選んだ夏目漱石の最初の作品。
文章表現が漢文から口語へ移り変わる時代、絶妙なバランスを取りながら両者の表現を混在させる漱石の文。この表現が恋愛小説に向く。二つの表現の間を巧みに行き来する筆致が、揺れながら恋を謳歌しようとする心に似ているからか?

漱石が流行小説家として生きることを決めた直後に書かれた作品だけあって、ストーリーは大衆向けなのかもしれません。やはり漱石の文章でなければ安い昼ドラの脚本に堕ちていたでしょう。
この話を一流の恋愛小説に仕立てているのは、超絶に巧い文章表現です。話の筋はともかく私は『虞美人草』が好きです。文体そのものに色っぽさを覚える、稀有な恋愛小説と言えます。

薤露行(かいろこう)


JohnAtkinsonGrimshaw.jpg ※画像はジョン・アトキン・グリムショー『シャーロットの乙女』

 『こころ』『行人』『彼岸過迄』等々、愛の苦悩を描いた名作は数多くあるのですが、重過ぎるのでまた別枠でご紹介します。
代わりに漱石作品の中ではあまり有名ではない短編小説、『薤露行』をここに置いておきます。

漱石だけではなく日本文学全体でもめずらしい、西洋を舞台とする小説。題材はなんとあの『アーサー王』です。
アーサー王の家臣ランスロットは、王の妃と不義の関係にあります。この西洋では有名な三角関係を漱石流の解釈で描いたのが『薤露行』。王妃とランスロットの報われない愛、ランスロットの妻の切ない想い、死に行く美しい乙女……等々に『三四郎』からの三部作や『虞美人草』を想起して眩暈を覚えます。
なお、「薤露行」とは「人生は薤の葉の上の露がすぐに乾くように、あっという間に過ぎ去ってしまう」という意味の歌。古代中国(漢代)、貴族の葬送歌です。漱石は報われない乙女たちの恋へ「薤露行」を捧げたのでしょう。このセンスだけでも惚れ惚れします。



――ああ、書いていてむしょうに漱石を読み返したくなりました。
ご紹介しておいて何ですが、筆者にはしばらく漱石文学を貪る時間がありません。
またいつか漱石に溺れるほどの暇が得られることを夢見ます。

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