内容:
二十代の頑健な体を持つ主人公は、仕事を失い、目下ニート生活中で体力を持て余している。
対照的に「体のあちこちが痛い」と言い、歩くこともおぼつかない(ように見える)老齢の祖父が主人公の家に同居している。
毎日「早く死にたい」と訴える祖父に同情した主人公は、祖父の願いを叶えるため「体力を衰えさせ死期を早めさせる」という作戦を実行することにした……。
あらすじを書くと何か陰惨な事件につながる展開を想像するが、そんな暗い文学ではないのでご安心を。
少々ブラックながら思わず「くすり」と笑ってしまう仕掛けが施されている。
主人公の考えが正しいのか間違っているのか分からないが、意図せずに「優しさ全開」の展開となっているところ、古典ユーモア劇のようで見事だなと思った。
これはもしかしたら、なかなかに高度な「笑い」なのではないか?
最初に羽田氏をテレビ番組で見かけた時から感じていたけど、彼は並みのお笑い芸人よりも笑いのセンスがあるかもしれない。
小説としても良い作品と思う。
介護という重くなりがちな題材を選びながら心が温かくなるのは、ユーモアだけではなく根底に優しさがあるからだろう。
その「優しさ」とは大げさなものではなく、身近な人が苦しんでいたら手を差し伸べずにいられない感性のこと。
つまり、普通の人が持つべき当たり前の人間性。
だからこの小説には心を揺さぶる激しい感動はないが、日常に寄り添う安らぎがあるのだと思う。
この「当たり前の人間性」が最近は少なくなっていると感じる。
特に、文学では「人間性」が欠落しているものばかりもてはやされる。
だから現代でこんな小説に出会えるとほっとする。
それでいて芥川賞作品として模範的な条件を備えているのはさすがプロと思った。
人間性やストーリー性を残しつつ芥川賞っぽい小説を書くのは離れ業ではないだろうか。
今回、初めて芥川賞作品を読んだ人たちはamazonレビューなどで
「なにこれ、退屈!」
「落ちが無いじゃん!」
とクレームを書き込んでいるのだが、そもそも落ちや露骨な起承転結は芥川賞的な文学でタブーだからね。(笑)
私は個人的に、今まで読んだ芥川賞作品の中で唯一素直に「面白かった。良かった」と言える作品だったと思う。
『スクラップ・アンド・ビルド』は様々な面で優等な小説。もっと評価されていいのでは?
2016年11月17日筆