読書備忘録 “いつも傍に本があった。”

酒見賢一『泣き虫弱虫』感想 (なりきり設定)

酒見賢一著、『泣き虫弱虫 諸葛孔明』というコメディ小説があるそうです。

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『泣き虫弱虫 諸葛孔明』


「口喧嘩無敗だが負けそうになったら火刑(放火)」
「弟をいじめまくっている」
という強烈キャラとして描かれているとの噂で、気になりました。
『三国志』関連のフィクションを全く読むことができない私も、あの『後宮小説』を書いた作家の本なら笑って読めるかなと期待したものです。

噂を聞いてから十年以上。古書店で見つけ、ようやく買いました。
ブログネタとしてここにレビューさせていただきます。
(少々辛口です。冒頭しか読んでいないわりに長いから要注意)

〔参考〕酒見賢一とは:https://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%85%92%E8%A6%8B%E8%B3%A2%E4%B8%80より
酒見 賢一(さけみ けんいち、1963年11月26日 - )は、日本の小説家。福岡県久留米市出身。福岡県立明善高等学校卒業。1988年、愛知大学文学部哲学科東洋哲学専攻卒業[1]。デビュー作『後宮小説』は、架空の中国史小説(王朝も人物もすべて架空で時代も判然としない)風ファンタジーという異色作だったが、その後は実際の中国史から題材をとることが多い。
>その後は実際の中国史から題材をとることが多い。
ただし、あまり史実の文献を調べないタイプのようです。以下参照。

■小説冒頭について


冒頭を読み、コメディとしては期待はずれと思いました。
世の中の人たちは
「抱腹絶倒!」
「笑いを堪えるのが大変だから電車で読むのは辛い」
とレビューされていますが、いや、どこで笑えば良いのか分からなかった。ごめん。
『演義』でおなじみフィクションの孔明を知っている人だけが笑える特殊なジョークなのか?
爆笑しているアメリカ人たちと一緒に映画を観ている気分です。アメリカンジョークはアメリカ人にしか分からない、みたいな。

私が笑えなかったのは、既に『演義』でこんな感じの変人として描かれていると勝手に想像していたので(笑)、意外性がなかったせいでもあります。※筆者は『演義』の設定をあまり知りません

主人公は想像していたよりキャラが薄い印象です。
「口喧嘩無敗」と言ってもただ難しそうな言葉を並べ立てるだけで勝った気になっているだけ。相手に関係のない言葉を並べ知識を誇ることのどこが「口喧嘩」だろう?
「火刑」と言ってもただ放火という犯罪行為に走るだけ。これでは単なる犯罪者。エピソードに工夫が感じられない

もっと『今日から俺は!!』の主人公のように工夫に長けた一流クズのキャラで描かれているのだと思っていました。

そもそもだけど、台詞や内面描写で人格を表現せずに、地の文で「こういうことを行った」と書くだけで人物設定が終わっているのも小説としていかがなものか。

歴史ジャンルの読者は作家に対して甘いと思った。この本を絶賛している人たちは、きっと一般の本を読むことなどないのでしょう。他ジャンルの小説だと、地の文で人物設定をするこのような低次元の小説は「プロの小説」として認めてもらえない。歴史創作ファンはもう少し他ジャンルの小説も読んだほうが良いと思う。

小説としてのお粗末さはともかくとして、前書きは作者としての本心を書いたもののようですが、これこそ残念な印象でした。
実は、前書きを読んで本編を読む気を80%ほど失いました。


■なりきり宣言で前置きとの対話


以下、趣向を変えまして。

「孔明なりきり設定」ということで前置きについて対話してみます。
(言い訳や迂遠な表現が面倒なため、「なりきり」ということにしておく)
「なりきり」と言っても筆者はフィクションキャラを知らないのであくまでも現実、ということで。
言語や知識も現代日本に住む「孔明」という設定にしておきます。
現代風に軽い口語体で書きますので少々下品な表現もある点、ご了承ください。


【引用元:文藝春秋の単行本 第3刷より(引用中の……は引用者による略)】
 ちかごろ、わたしにもようやく諸葛孔明の偉大さがわかってきた。
決して皮肉ではない。

いや、皮肉でしかないでしょう。
冒頭から嘘を吐くと口が腐りますよ。

『三國志』は漢字が難しいので読めず、『三國志通俗演義』もまた漢字が難しいので読めなかったから、適当に和訳された『三国志』をつらつら眺めたのであった。

ここでかなり読む気が失せた。
酒見氏は「東洋哲学専攻」ということで、東洋古典にはかなりの知識があると勝手に想像していたのだが、「漢字が難しいから読めなかった」と仰るのはどういうことか? 東洋哲学(思想)で扱う書物はほぼ漢字のみだと思うが。
それに「適当に和訳された『三国志』」って何だろうな。『演義』を読んでいない、吉川版も読んでいない、ということは何か子供向けのフィクションを読まれただけなのか。

巨大な野獣型模型兵器を出動させ、口からは火炎放射、硫黄の毒煙を吐かせて野獣車を四散させ、地雷まで仕掛けて、蛮族どもを虫けらのように焼き殺してしまうのであった。
そんな孔明の大人げない所業もさることながら、何故このロボット兵器群を、後の魏との北伐戦……に投入して魏軍を攻撃させなかったのかが不思議でならない。
読者も……見たかったはず。
え、何その設定。
バカなの?

こんなフィクションを鵜呑みにする幼稚な精神でいると、いつか現実で痛い目に遭うと思う。
私は現代軍事オタも好きではないが、「陣形だけで戦争に勝つことはできない!」と言う人のほうが東洋古典フィクションに耽溺する歴史創作マニアよりも遥かに人として見込みがあると思う。現実を好み、きちんと現実を見る心構えがあるという点において。

酒見賢一を称えるネット掲示板で、
「『泣き虫弱虫諸葛孔明』は、『三国志』は現実通りに書かなければならないという固定観念を払拭してくれた!」
などと書いている人がいて笑った。
いったいどこに現実に拠って書かれた『三国志』があるんだ? 『演義』通りに書かねばならないと作家が神経を遣っている小説なら、世の中に腐るほど溢れているが。
どうもこの人たちが言う「現実」とは、お馴染み『演義』設定のことを指しているらしい。劉備中心の物語であれば「正統(史実との区別なし)」として分類している。
一般の『三国志』こそTHE フィクションなのだよ。あ、やはりご存知なかった?笑
※一般の『三国志』は中国『三国演義』がベース。「演義」とは「架空物語」という意味。つまりフィクションのことです

そもそもわたしが初めて『三國志』を読んだのは、作家になって後のことである。わたしのデビュー作が、「シンデレラ+三国志+金瓶梅+ラスト・エンペラー」のおもしろさと言われていたので、どんなものか見てみようと思ったのであった。

『後宮小説』が!?
あの小説、アイディアは面白いと思った。私も楽しく読ませてもらった。でも「シンデレラ+三国志+金瓶梅+ラスト・エンペラー」までは行っていないと思う。一作品にも届いていない。
編集か誰か売るためにずいぶん盛ったものだね。と言うか本質的に売り文句として違うと思うが。

まあ作者が鵜呑みにしているふうなのはジョークだと思いたい。鵜呑みにしていたら怖い。
(ここで薄ら、『泣き虫弱虫~』の主人公は作者自身の投影なのでは? と気付いた)

 『三国志』は……
「しかし、こいつら、なんでこんなに戦争ばっかりしてるんだ?」
と感想せざるを得ず、大陸人同士が、やめりゃあいいのに人口が半減するほどの殺し合いを飽きもせずに続けるという異様な話なのである(だが中国史とはこのような強烈な話の連続なのであって、三国時代がとりたてて異常なわけではない)。

中国史だけではない。
君が生まれる頃より二十年も遡らずに「やめりゃあいいのに人口が半減するほどの殺し合い」が世界中で行われた時代があった。日本人もたくさん殺し、殺された。

いや現代も。
この文を書いている最中にも。たった今も世界各地で虐殺が行われている。

古典時代、あるいは中国だけが特殊で異様だと仰るとはね。ヘイト発言だろう。小学校の授業で習った近現代史の記憶は消え去ったのか?
完全なる平和ボケだな。

人間の知性は『三国志』では、人殺しに用いられるばかりである。紛争解決にもっとよい知恵を出すのが知性というものだろうと思いたい。敢えて人類とは度し難い生き物だということを示したいのか。
「……こいつら、結局、根本的に頭が悪いんじゃないのか?」
と首をかしげられることもしばしばである。

それは太平洋戦争の生き残りの前で言えるのかな?

十代か二十代だったら物を知らないからこういう暴言を吐くのも仕方ないと思うが、年齢を見たら書いた時点で四十代ということで少々引いた。
年齢にしては幼稚過ぎる発言。

>人類の知性は紛争解決に用いるべきである

この部分は私も全く同感、同意。
(それにしても、漢文が読めず・太平洋戦争があったことさえ知らないという、人類の知性を僅かも受け継いでいない人が言うのは笑えるが。いったい何様なんだこの人)
でも三国時代だけではなくて、第二次世界大戦時でも他のどんな時代でも、ほとんどの人が好き好んで戦争を選んだわけではないんだよ。大人だったらそんなことは普通、分かるはず。

しかし『三国志』のフィクションしか読んでいないと確かに全員、頭が悪そうに感じるのも無理はない。
フィクションの作者が頭が悪いからだろう。 
……虫けらのように殺されてゆく。それを、
「乾坤一擲の大智謀、秘計が当たったわい!」
と喜んだり、褒めたり、けなしあったりしているのである。
そう、こんなふうに、フィクション作家は頭の悪いことを書く。

※この記事で使う「フィクション」の用語定義は記事下↓注記参照

歴史フィクションしか読まないとバカになると言うのは、脳の成長が作者と同じレベルのままで止まってしまうから。
そもそもフィクションは平和な時代に書かれるものだから、フィクション作者の多くは戦争を知らないのである。
結果、素人に育てられた平和ボケの素人が大勢育つことになる。
(例外は吉川英治の時代だが、彼は『演義』に忠実であろうとして現実の戦争体験は反映していない/失礼。吉川版『三国志』も全て読んでいないので断定するのは違うかもしれない。少なくとも筆者が耐えられなくなって読むのを放棄したページまではそう。少し覗いたラストのほうで孔明が死体の山を見て泣き崩れるシーンがあり、そこに作者ご自身が実際に見た戦場の記憶と気持ちが反映されていたので、私も泣いた)

 その天下麻の如く乱れた凶悪無残の地獄に、天が平和を勧めて遣わした一人涼やかな忠烈義仁の男、それが諸葛亮孔明だ、ということになっている。

これも初耳。
誰がこんなこと言ったんだ? 気色悪いな。

あと、
>諸葛亮孔明
姓名字のフル表記をすると無知がばれますよ。
(フル表記をしなくても無知であることは分かるけどね)

要勉強。⇒古代中国の名前、「姓」「名」「字」について。“諸葛亮孔明”と書くのは間違い

こんな基礎も知らないとは。本当に東洋哲学科へ行ったのかな?
仮に大人になるまでに勉強しなかったとしても、お金をいただいて小説を書くのだから基礎的な勉強をするのは当然のこと。

『三国志』関連の創作家は一切記録を調べず、無知なまま小説を書いて印税を稼げるのか。『蒼天航路』の作者も「ぶっちゃけ何も知らないで書いてる」と言っていたが。
ラクな商売だな。他ジャンルの作家では絶対に許されない。

 しかし孔明の逸話を史書に照らして検討していくと、途端に深い疑念にとらわれることになる。結局孔明は戦火に油を注ぎこそすれ、平和を実現させることはなかった。また戦に勝ったことなど数えるほどしかなく、何故この男が稀代の軍略家と讃えられるのかさっぱり分からない。孔明神話というものか。
>何故この男が稀代の軍略家と讃えられるのかさっぱり分からない。

うん、私もさっぱり分からない。笑
まずあなた方の「孔明神話」というものが分からないし、よく知らないので理解し難い。

だけど負けた側には言いたい放題に言っていい、という意識はどうかと思う。
本当に酒見氏は史書に照らして調べたのかどうか疑わしいが(後で書くように事実誤認が多いのでどうも嘘ではないかと思う)、勝てば何をした人間でもヒーローと崇め、負ければどんな悪口でも浴びせて良いと考えるのはどうだろう。
「勝てば官軍、負ければ賊軍」
として記録されるのは人間社会において仕方ないことだと思うのだが、敗軍の将へ悪口を浴びせることは日本人の美学には反すると思うがね。
私も他の敗軍の将に対してこういうことは言いたくない。人として恥ずかしい


〔追記〕(筆者にて)私には諸葛亮を擁護するつもりは毛頭ないのだけど、さすがに
>戦に勝ったことなど数えるほどしかなく
発言には脱力。蜀漢軍の戦略は全て諸葛亮が担当したのだけどな。
この人も「戦場」だけが戦争だと考える、お子様向けゲーム程度の頭しかない。歴史作家の知的レベルの低さを憂う。

ゲームしか知らない幼稚園児は要勉強 ⇒諸葛孔明の仕事について
 とくに晩年、なんの気に入らないことがあったのかは知らないが、天下の大勢が魏の曹操の一族により定まり、ようやく平和が訪れそうなことが分かっていながら、もう意地になっているとしか思われない北伐四回に及び、蜀の民衆を疲弊させて迷惑をかけ、しかも魏の領土を一片たりとも奪れなかったという意味では全戦全敗しているのである。なんなんだ一体。

蜀の民を疲弊させたうえに全敗したことについて異論はない。(※実際は敗戦したことは一度もなく目的を達成できなかっただけ)
その点、どこまでも責められるべきと思う。

でも、あまりの幼稚な無理解にため息が出るな。
大人の発言とは思えない。引くほど幼稚。
ネット掲示板で、曹操崇拝の中学生による孔明への悪口を見かけた気分だ。

一点だけこれは危険な思想だと思う箇所を指摘しておく。

>平和が訪れそうなことが分かっていながら

「天下統一 イコール 平和」
というのは大きな勘違いだし、こういうことを作家さんが公に書くのは危険だ。

三国時代は遠くの他人事であり、自分だけは永久平和の下で暮らせるという妄想を抱いている人には分かりづらいと思うが、上のような思想を撒き散らすとお隣の独裁国家(現代中国)が諸手をあげて大喜びしますよ。

「天下統一」とはC華J民共和国が掲げている旗で、彼らは可能なら世界制覇、少なくともアジア諸国は占領下に置く気でいる。
そのことを正当化するために、曹操や始皇帝などを「天下統一で平和を目指した素晴らしい人物たち。再評価すべし」というキャンペーンを行っている。
参照 ⇒現代的“諸葛亮後世評価”考、気を付けるべきこと

彼らは狡猾だからフィクションを使って宣伝をしていることに気付くべきだ。
平和ボケもいい加減にすべきと思う。
曹操つまり現代中国を称賛し、日本を「曹操サマ」へ売り渡して、売国奴と呼ばれたいのか?

 とにかくわたしの目には、まずは、孔明が、おとなげない男、と印象づけられたことは確かである。

>おとなげない

お前もな。(旧2chふうに。笑)
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